前編ではインターオペラビリティとプロセス・セントリックITという2つのキーワードを説明した。後編では残りのキーワード,インフラ・バーチャリゼーション(仮想ITインフラ)とシステム開発プロセスの工業化,円滑なコラボレーション,エンタープライズ・モビリティという6つのキーワードを取り上げる。これら6つの要素を考える中で,遠くない将来に実現するであろう「エンタープライズ2.0」の具体的なイメージが浮かび上がってくるはずだ。
特定のハードウエア・プラットフォーム上で動作し,個別のビジネスプロセスを実行するアプリケーションとして設計された既存の企業システムには3つの問題点があると前編で指摘した。そのうちシステム間連携,ビジネスプロセスとアプリケーションの関係についてはすでに言及したが,残る3つ目の問題点はハードウエア一体型アプリケーションの持つ非効率性である。
「多くのシステムはピーク時に対応できるようにサイジングされているため,必要以上に大きなITインフラが出来上がってしまいました。逆に,設計時の予想以上に利用度が高まって,ハードウエア能力が不足しているアプリケーションもあります。全体として見ると,企業が持つサーバー能力の1〜2割しか使われていないという状況が生まれています。インフラ・バーチャリゼーションはこれを解決するための有力なアプローチです」とアクセンチュアエグゼクティブ・パートナーの沼畑幸二氏は言う。
サイロ型に並立するシステムの中間に仮想化レイヤーを導入して,ハードウエアなどのインフラを共通して使える仕組みをつくる。それをいち早く実現した企業の1つがGoogleである。同社は安価なサーバーを数十万台規模で並べて仮想化し,膨大な情報処理を行っている。ハードウエア資産が足りなくなれば,徐々にスケールアップすればよい。
また,ハードウエア一体型アプリケーションは相互接続コストの上昇という課題も抱えている。沼畑氏が続ける。
「新規システムを構築する際には,どうしても既存サイロ型システムとの連携が必要になります。そこでインターフェースを新たにつくることになりますが,そのコストが投資全体の50%に達することもあります。これでは,せっかくの新規投資の半分しか効果を生まないことになります」と沼畑氏。インフラ・バーチャリゼーションとインターオペラビリティが,こうした課題を解決するためのカギになるだろう。
これまで説明した3つのキーワードは,ITアーキテクチャとアプリケーション,ITインフラの機能性を高める大きなトレンドである。これに対して,4番目のキーワードであるシステム開発プロセスの工業化は,開発の効率性や機能性を高める役割を担う。
「ハードウエアからアプリケーションまで,必要なときに必要な機能を活用できれば,開発のしかたも変わってきます。1つのハードウエアにプロジェクトメンバー全員がアクセスして1つのアプリケーションを開発する必要はなくなるのです」とアクセンチュア素材・エネルギー本部本部長の樋田真氏は語る。システムを細かなプロセスに分解すれば,標準的な部分は外部から調達するだけでなく,自社内で開発するコア部分についても最適地での開発が可能になる。
そこで,今後はコストと品質のバランスを考えたオフショアやニアショアを活用した開発プロセスが主流になると考えられる。これがシステム開発プロセスの工業化の具体的な中身である。開発の生産性の観点からだけでなく,日本においてIT人材の不足が深刻化しつつある中で,こうしたグローバルな開発体制の構築は急務といえるだろう(図1)。
IT人材不足に対して,日本では抜本的な対策が遅れている。日米間の差は企業競争力にも影響を与えつつある。
こうした開発プロセスをサポートする環境は着実に整ってきた。実用的なツール群も続々と登場している。
「従来,CADのような重いデータを扱うときには,1カ所にメンバーが集まっていましたが,ネットワークの広帯域化によってその必要性は低くなりました。分散環境での開発を支援するツールも増えています。例えば,プロジェクトメンバーが作成したソースコードを世界中の専門家がレビューできるようなツールを使えば,即座にフィードバックを受けて手直しすることもできます」(沼畑氏)
日本だけでなくインドや中国,欧米など世界中から最適な人材を集めた開発体制が現実のものになった。考えてみると,こうした開発プロセスは以前から製造業が取り組んできたことである(図2)。アクセンチュア代表取締役副社長の武田安正氏は次のような見方を示す。
「IT産業はサービス産業の一つですが,サービス産業もこれまで製造業がたどってきた道を追いかけているように見えます。海外進出もそうですし,部品化や標準化も同じ。そうした取り組みを最も上手にやり遂げ,高品質の製品を効率的につくってきたのが日本の製造業です。部品化や標準化を進めながら世界規模でものづくりを行うのは,日本企業の得意とするところなのです。いま同じ道をたどりつつあるIT産業にとっても,それは決して苦手分野ではなく,むしろ得意分野ではないかと私は考えています」
日本の製造業が持つ強さの背景には,製品開発から製造,デリバリーまで含めた施策が整合的になされていることがある。IT産業はこの取り組みに学ぶべきだろう。
ここまで説明してきた4つのキーワードは,IT開発の課題を解決に導く上での重要なトレンドである。これらを組み合わせることによって,あらゆるビジネスニーズに俊敏に対応できる次世代IT構築の準備が整うことになる。
その次のテーマは,このITをいかに使いこなすかということ。そこで,コラボレーションとエンタープライズ・モビリティというキーワードにたどりつく。
先に沼畑氏が紹介したグローバルなコラボレーション・ツールは,IT開発という分野だけで生まれているわけではない。製造業の開発や製造をサポートするツールもあれば,販売活動の生産性を高めるツールもある。いまも進化を続けるコミュニケーション技術は汎用的なものであり,あらゆる分野に適用することができるのである。この技術進化の成果をどのようにビジネスに取り込むかは,企業の競争力に直結する課題だ。
最後のキーワードはエンタープライズ・モビリティ。ネットワークやモバイル機器の発展を背景に,今後モバイルワーカーやテレワーカーはますます増えることが予想される。前述したように,様々なメンバーがコラボレーションするための環境も整備されつつある。
「ユーザー側も開発側も事情は同じです。オフィスの机に座り,デスクトップPCに向かわないと仕事ができないという時代は終わりつつあります」と樋田氏は言う。多様なワークスタイルを許容する環境が生まれれば,企業と個人の双方がメリットを得られるはず。そんな時代の到来に,アクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ代表取締役社長の安間裕氏は大きな期待を寄せている。
「日本におけるIT人材不足は大きな課題ですが,実は社会に埋もれている優秀な人たちが数多くいます。例えば,フルタイムは無理でも1日5時間程度なら働きたいというお母さん技術者もいれば,何らかのハンデキャップがあってオフィスに毎日通うのは難しい技術者もいる。エンタープライズ・モビリティが実現すれば,こうした人材の活用はIT分野だけでなくあらゆる分野で一般化するでしょう」
ビジネスの自由度を高める「経営基盤としてのIT」は,同時に個人の自由度を高めることもできる。そんなエンタープライズ2.0の将来像を描くことは十分に可能だ。
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