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SaaSが透過する「日本IT界の脆弱性」見えてきた課題をいかに克服するか
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日本のIT界でSaaSが成功する根拠はあるのか?
〜グーグルの検索窓から見えたSaaSビジネスのヒント〜

欧米に比べると遅れ気味だが,SaaS(Software as a Service)の普及は日本でも徐々に進展している。その国内市場規模は2010年に9000億円を超えるとの予測もある。そこで気になるのは,日本では伸び悩んだASPとの違いである。ネットワーク経由でソフトウエアを利用するという点では,SaaSはASPと同じだからだ。
したがって,SaaSが日本でどの程度普及するかを見通すには,まずASPが直面した課題を明らかにする必要があるだろう。その上で,それらの課題をSaaSは克服できるかを考える。その過程で,日本企業のIT活用の問題点も浮かび上がってくるに違いない。

普及の進むSaaSは,ASPの課題を突破できるか

CRMやERP,物流管理,CADなどあらゆる分野で,「SaaS」の普及が拡大している。SaaSはソフトウエア機能がサービスとして提供され,ユーザーが必要なときに必要なだけ利用できるシステムのこと。提供側があらかじめ用意したサービスを使うので,ユーザーには初期コストの抑制やサービス開始までの期間短縮といったメリットがある。SaaSの国内市場は2004年に約2000億円,2010年には9000億円を超えるとの予測もある(IDCジャパン『ASP白書2005』より)。
図:国内SaaS市場予測
例えば,SaaSプロバイダーの代表といわれるセールスフォース・ドットコムのオンデマンドCRMシステム「Salesforce」は現在,世界中で2万4800社,50万以上のユーザーを抱えている。ユーザー企業には米国のメリルリンチやシスコシステムズ,フィンランドのノキアといったグローバルプレイヤーも名を連ねており,日本の大企業の一部にも浸透し始めている。

ネットワークを介してソフトウエアを利用するという点で,SaaSはASPと同じものといえる。そのASPは以前大きな注目を集めたものの,期待通りに大きく成長したとは言い難い。背景にはネットワーク環境の未整備だけでなく,日本企業のあり方やソフトウエアそのものの課題もあった。アクセンチュア エグゼクティブ・パートナーの沼畑幸二氏はこう指摘する。
「ほとんどのASPは出来上がったシステムを利用してもらうというサービスで,自社向けのカスタマイズが難しかった。また,特に大企業の場合,既存システムは密に連携していますから,どこかの機能だけを切り出してASPを利用することも困難。比較的切り出しやすい給与計算の分野ではASPを使っている企業も多いのですが,それ以外の分野にはあまり広がりませんでした。また,セキュリティ上の懸念,あるいはマスターデータを外部に預けていいのかと心配する声も少なくありません」

沼畑氏の話を整理すると,ASPの課題は(1)ソフトウエアに対する“所有意識”,(2)カスタムメイドにこだわる“日本企業の特殊性”,(3)業務プロセスの分解が進まず,したがって“システムの機能分解もできない現状”,の3つに集約できるだろう。
これら日本企業の文化にもかかわる諸課題は,果たしてSaaS普及の壁としても存在し続けるのだろうか。それとも,SaaSの特性や時代環境の変化によって十分克服可能になったのか――。

所有意識とカスタムメイド志向,進まぬ業務分解という壁

アクセンチュア エグゼクティブ・パートナーの佐藤剛氏は最近,興味深い変化を感じているという。 「内部統制やセキュリティ関係のニーズを背景に,最近シンクライアントが非常に好調です。アプリケーションやデータがサーバー側にあるのは気持ち悪いという意識が,徐々に変わりつつあるようです。エンドユーザーは半ば強制的にシンクライアントを持たされたのかもしれません。しかし,使っているうちに手元にデータを持たないということに慣れていくでしょう。こうした動きは,SaaSの普及ともつながっているように思います」
ここで佐藤氏が指摘するのは,ASPのハードルにもなった“所有意識”にかかわる問題である。エンドユーザーレベルで所有への執着が薄れれば,それはSaaSを受け入れる土壌にもなるだろう。しかし,その道のりは決して平坦とはいえない。 「IP-VPNや広域イーサネットのようなシェアード型のWANはかなり普及しましたが,専用線にこだわる企業もあります。専用線独自のメリットを評価しているのなら結構なのですが,その理由は『大切なデータが通るから』ということも少なくありません。こうした考え方は上の世代ほど強いように思います」と,アクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ代表取締役社長の安間裕氏は語る。意思決定に影響力を持つ世代が入れ替わるのを待たなければならないとすれば,SaaS普及のスピードは緩やかなものになるかもしれない。

次に,ASPがとりわけ日本市場において直面したカスタムメイドへのこだわり。これに関連して,安間氏は自らの体験を語る。 「日本独自の商習慣は様々な業界にあり,それをERPで実現するにはかなりの費用をかけてカスタマイズしなければなりません。そこで,ある業界で商習慣部分を共通化しようと提案したのですが,『誰が主導権をとるのか』という話になり挫折してしまいました。カスタムメイドへのこだわりはかなり薄れてきましたが,いまも根強いですね」 共通化のコストメリットは十分理解していても,各社が自己主張を始めると収拾がつかなくなる。結局は,各社が自分たちの慣れている業務プロセスをテンプレート化することになったと言う。業界全体のカスタマイズ費用は莫大だ。 しかし,今後も同じように手間をかけてERPのバージョンアップを続けようと考えている企業は多くはないだろう。IT投資に対する経営者の視線は,確実にシビアなものになっている。
一方,SaaS側の進化も急だ。SaaSはもともとSOA(Service Oriented Architecture)に基づいて機能を部品化しているので,ユーザーは必要な機能だけを選んで使えるという特徴を持っている。そして,時間を追って機能のバラエティーは豊かになっている。ユーザーが独自インターフェースを作成したり,データベースに項目を追加したりできるのはもちろん,標準モジュールを組み合わせたセミオーダー型のサービスも実現している。
「カスタムメイドできる,あるいはユーザー企業の基幹システムとも連携できる点をアピールしているSaaSプロバイダーもあります。確かに使いやすくはなっているのですが,日本企業の求めるレベルに達しているのかどうか。特に大企業では,まだ十分ではないと考えるユーザーも多いのが現状です」とアクセンチュア パートナーの後藤洋介氏は説明する。 コスト削減やスピードアップを求めるユーザー側,機能を増やしつつ使い勝手を向上させているSaaS側,双方はどの地点でなら歩み寄ることができるのか。その地点に到達すれば,SaaSの普及が一気に進む可能性もある。

業務プロセス分解に関する第3の課題については,沼畑氏が次のように解説する。 「私たちが日常的に使っているツールに,BFC(Business Function Chart)とSFC(System Function Chart)があります。BFCは業務を機能分解したもの,SFCはシステムを機能分解したものです。この2つをマッピングすることで,どのようなアプリケーションがどの業務を実現しているのかが見えてきます。それが分かれば業務の切り出しもできるし,ある部分をSaaSに委ねることもできる。しかし,私の知る限り,このようなマッピングを全社規模で行っている日本企業はほとんどありません」
さらに,アクセンチュア パートナーの白川智之氏はこう補足する。 「トップダウンでシステムの『あるべき姿』を目指すという発想も希薄です。トップダウンとボトムアップ,両方のバランスが重要だと思うのですが,日本では後者が強すぎる傾向があります。きれいに機能分解しようとすれば,ボトムアップ・アプローチには限界があります。その結果,既存システムが『つぎはぎ型』で肥大した面もあるのではないでしょうか」
これらの要因によって,企業内のあちこちに重複するアプリケーションが存在することになったと沼畑氏は続ける。 「例えば,与信機能は様々なシステムに組み込まれています。与信機能だけを切り離して使うことはできません。だから,IT部門は複数のシステムの複数の与信機能を,それぞれメンテナンスせざるをえない。このことは,運用コスト増の大きな要因になっています」

すでに先進的な企業は,こうしたムダに気づき始めている。そこで問われているのは,業務分解にまで遡って既存システムを変革する覚悟を持てるかどうかだろう。

「サービスとしてのソフトウエア」は以前から日本にも浸透している

以上のような議論の中から浮かび上がるのは,単にSaaSの将来性にとどまるものではなく,日本企業のITとの付き合い方そのものが内包する問題点である。所有や特殊性にこだわるあまり,そして業務とITの未整理がITの戦略的活用の障害となり,ムダなIT投資を生んでいるのではないか。また,攻めの経営の足かせになっているのではないか。だとすれば,日本企業の長期的な損失は大きい。安間氏はかつてユーザー企業に所属していた経験を踏まえ,反省を込めて語る。
「ITを使って社内に対して付加価値のあるサービスをどう実現するか,ビジネスをどうドライブするかというIT部門本来の役割はややもすると忘れられがちです。目先のコストダウンやユーザー部門の言うままに開発を進めているケースは,いまも多いのではないでしょうか。ITが戦略的に活用されていない,といえるかもしれません」
もちろん,戦略的なIT投資を継続してきた日本企業もある。このあたりは,産業別に濃淡がありそうだ。元通信業統括で現素材・エネルギー本部本部長の樋田真氏は次のような見方を示す。 「一般的に,通信やハイテク系の製造業などはITリテラシーも高く,ITが競争力を左右するという意識も強い。ITを戦略的に利用している企業も多いと思います。特に通信企業は従量制で課金するサービスを長年続けてきたこともあり,SaaSのサービスモデルにもあまり抵抗感はないのではないでしょうか」 これらの産業分野に属する企業の中から,近い将来SaaSを本格的に導入した成功モデルが生まれるかもしれない。

以上,SaaSが日本企業に定着するかどうか,その課題や可能性を考えてきた。しかし,見方を少し変えると,すでに日本にSaaSは浸透しているといえるかもしれない。例えば,Googleをはじめ様々な検索サイトはユーザーに対して,「サービスとしてのソフトウエア」をネットワーク経由で提供している。それは一般消費者向けだけでなく,ビジネス機能としても使われていると沼畑氏は指摘する。 「例えば,検索窓に『ドル』と打ち込めば,そのときのドルの為替レートが出てきます。ボールペンをまとめ買いしたければ,ショッピングサイトにもつながります。これはGoogleがビジネス機能を提供しているということです」

その意味で,何年も前から私たちはSaaSに親しんでいたことになる。こうした経験が日本企業で働く個々人の内面をも変えつつあるとすれば,SaaSが企業内に本格的に普及する時期も遠い将来のことではないかもしれない。次回以降では,今回示した3つの課題それぞれについて解決への道筋を考えてみたい。


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