情報システムには、不正の痕跡が残されている—。それをあらためて知らしめたのは、今年1月の東京地検特捜部によるライブドアに対する強制捜査だ。100台以上のパソコンを押収し、データセンターにあるサーバーも調査。やり取りされた電子メールの内容が、容疑を固める重要な根拠となった。

 このような、「情報システムをどのように利用したか」という情報が、企業にとって大きな意味を持つようになってきた。その重要性に気付き、システムの利用履歴の詳細を記録する企業が増えている。KDDI、アイネス、センチュリー21・ジャパン、ソフトバンクBB、東京工業品取引所などがそうだ。すでに、数テラ(T)バイトに及ぶ記録を蓄積している企業もある。記録を保存しておけば、情報漏洩事故などが起きた際に、迅速かつ正確に原因を究明できる。社内業務の適正さを証明することも可能だし、何よりも調査力向上を周知することによる、“内部不正に対する抑止力”が期待できる。

 「詳細な利用履歴を記録することは難しいのではないか」と思うかもしれない。だが今や、各クライアント・パソコンで行った操作やディスプレイに表示した内容、ネットワークに流れたパケット、添付ファイルを含めた送受信メールの内容、データベースへのアクセス履歴などを、漏らさず記録する製品やサービスが存在する。

 ひと口にシステムの利用履歴といっても、その対象は広範囲にわたる。あらゆる履歴を記録するとなるとデータ量は膨大だ。先行ユーザーは、いかにして実践しているのか。そして、それらを記録する製品やサービスは一体どのようなものか。本当に、漏れなく記録をとることが可能なのか。その実態に迫る。



図1 情報システムの利用記録の詳細を記録する取り組みが相次いで始まっている
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 送受信メールの内容、Webアクセスの履歴、サーバー管理端末の操作内容、サーバー・アプリケーションのログ、重要文書やコンピュータを操作できる区画の映像記録——。2004年9月に情報漏洩事故を起こされたシステム・インテグレータのアイネスは、再発防止策の目玉として、システム利用の実態を徹底的に記録している(図1)。

2年で6億5000万円投資

 事件直後に取り組んだのは、個人情報や機密情報を扱う高セキュリティ区画のカメラによる監視だ。しかしカメラの映像では、ユーザーがシステムを使って何をしているのかまではわからない。そこで翌年4月には、サーバーに対する操作ログをすべて記録する仕組みを構築した。具体的には、サーバー約100台を管理する20台のパソコンに、エンカレッジ・テクノロジの操作記録ツール「ESS REC」を導入。どのアプリケーションを起動し、キーボードから何の文字を入力したかなどをすべて記録するようにした。画面のスクリーン・ショットも保存する。

 秋以降は、全社員のシステム利用実態の記録に乗り出した。デジタルアーツのURLフィルタリング・ソフト「i-FILTER」やホライズン・デジタル・エンタープライズのメール・アーカイブ・ツール「HDE Mail Filter」を導入し、Webアクセスや送受信メールの内容をすべて記録。メール保存の対象は、全社員と協力会社社員合わせて2500人である。それぞれが送受信したメールを、本文はもちろん、添付ファイルやヘッダーも含めて6カ月間保存する。

 社員教育や暗号化ソフトの導入なども含めると、同社が情報漏洩対策へ投じた費用は2年間で約6億5000万円。2004年度の経常損益が4億円の赤字だった同社にとって非常に大きな投資だ。

1万ユーザーの記録を数年間保存

 ソフトバンクBBも徹底している。同社が2004年3月に情報漏洩事件に遭った後に漏洩対策に力を入れていることは、よく知られている。その一環として、システム利用実態を詳細に記録し、調査力を向上させている。

 全社員と協力会社社員約1万人のクライアントPCすべてに、シーア・インサイト・セキュリティの操作記録ツール「SEER INNER」を導入した。立ち上げたソフトの種類やアクセスしたWebサイトのURL、外部記憶装置の操作ログなどを事細かに記録する。1日の記録容量は、1台当たり数Mバイト。同社はストレージの容量を明かさないが、1万クライアントなので、1年間で数Tバイトを記録している計算になる。記録内容は、現場のセキュリティ担当者が隔週でチェックしている。

 メールについても、約1万ユーザーのメール送受信内容をすべて、2004年9月から2年以上保存。こちらはストレージで保存しきれず、暗号化した上でDVDに書き込み、保管している。これらの仕組みの構築にソフトバンクBBは、数億円を投資した模様だ。

中小規模の企業も記録を取る


図2 KDDI(旧パワードコム)はメールやWebアクセスのすべての内容を、2005年10月から記録している
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 両社とも、「再発を絶対に防ぐ」という観点で練った対策の中核に、システム利用の実態をすべて記録することを選んだ。実は、情報漏洩事故に遭ってはいないが、そうした事態に陥らないよう、システム利用の詳細を記録する企業が増えている。

 昨年10月、KDDIと合併する前のパワードコムは、ソレラ ネットワークス ジャパンのパケット記録ツールを導入した。パケット記録ツールとは、文字通り、ネットワークを流れるパケットをすべて記録するもの。社内ネットワークとインターネットの接続部分に設置し、3000台以上あるクライアントPCの通信を記録している(図2)。1日当たりの記録データ量は32Gバイトにも達するため、15Tバイトのストレージを用意した。

後編に続く