前回に続き,そもそも内部統制とはどのようなものなのかについて考えたい。まず,内部統制とコーポレートガバナンスとの関係について述べてから,会社法や金融商品取引法といった法律によって,内部統制がどのように定められているのかを解説する。

 昨今,「コーポレートガバナンス(企業統治)」という言葉をよく耳にする。読者の中には,「内部統制とコーポレートガバナンスは,同じことを言っているのではないか?」という疑問を抱いている方もいるかもしれない。あるいは「何となく違うような気がするが,具体的には説明できない」という方もいるだろう。そこで,まず内部統制とコーポレートガバナンスとの関係について述べておきたい。

 もともとコーポレートガバナンスというのは,米国において「株主などのステークホルダーが経営者の行動を規律する仕組み」として議論されるようになったものである。


▲図1 内部統制とコーポレート・ガバナンスの関係
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 一般に,コーポレートガバナンスの目的は2つあるといわれている。1つは,効率的な経営を促して企業の収益性や競争力を高め,株主利益の増大を図ること。もう1つは,経営の健全性を高め,法令遵守体制の確立を促して,企業に不測の損害を与えるような行為がなされるのを防止すること,である。

 しかしながら,経営者に対する規律をいかに強化しても,それだけで効率的な業務運営や経営の健全性を実現できるわけではない。経営者が「企業内」を十分に統制できていなければ,仮に株主などによる経営監視を徹底したとしても,その効果はなかなか期待できないからだ。

 つまりコーポレートガバナンスの前提として,経営者が企業内を適切に統制・管理していることが必要となる。この,経営者による企業内の統制・管理こそが「内部統制」なのである。


▲図2 内部統制に関連する法律
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 これを簡潔に表現すると図1のようになる。整理すると,コーポレートガバナンスというのは,株主が会社の外部から経営者を監視するシステム,内部統制というのは,経営者が会社の内部,すなわち企業内の組織・従業員を管理するシステムである。

 では,会計監査上の,あるいは,経営上の概念としての内部統制は,法律という形でどのように定められているのだろうか。これを以下で見ていこう(図2)。

「会社法」と「金融商品取引法」

 これまで内部統制は,あくまでも判例上の概念であり,法律上明確に規定されているわけではなかった。すなわち,株主代表訴訟などが提起され,取締役の損害賠償責任の有無が問題となった事案において,取締役に忠実義務・善管注意義務違反が認められるか,という枠組みの中で判断されるにとどまっていた。

 しかし,今年の5月1日に施行された「会社法」では,委員会設置会社または大会社(最終事業年度の貸借対照表上の資本金の額が5億円以上または負債の合計額が200億円以上の株式会社)に対して,取締役の忠実義務とは別の条文で,内部統制システムの構築義務が明確に規定された(348条4項,362条5項)。さらに,同法を受けた施行規則においては,取締役会において決定すべき項目が列挙された(会社法施行規則100条1項,同条3項)。

 また,従来から日本版SOX法と呼ばれ盛んに議論されてきた米国企業改革法の日本版の立法化についても,「金融商品取引法」の一部に条文化され,この6月7日に国会で成立した。具体的には同法24条の2で,金融商品取引法の適用対象である上場会社などに対し,「内部統制報告書」を作成する義務を課した。また同法193条の2第2項では,内部統制報告書について,監査人による監査証明の提出を義務づけている。「日本版SOX法」とは今後,金融商品取引法24条の2,及び,193条の2第2項を意味することになる。

 このように,内部統制そのものが規定されている法律には,会社法と金融商品取引法がある。会社法と金融商品取引法の関係については改めて詳述するが,会社法は上場会社に限らず会社全般に対して適用される法律であり,その趣旨は業務の適正を確保するための体制全般に及ぶ。これに対して金融商品取引法は,上場会社などにのみ適用され,投資家保護を主たる目的とするため,財務報告の信頼性という観点から内部統制を構築することになる。

 このように両者は,求められる内部統制システムに重複する部分が多いことが予想されるものの,適用対象も制度の趣旨も異なる全く別の法律であることを指摘しておく。

内部統制と内容が重複・関連する法律

  内部統制そのものが規定されている会社法と金融商品取引法のほかに,内部統制に関連する法律としてどのようなものがあるだろうか。内部統制の目的の1つに法令遵守がある以上,およそ全ての法律が関係すると言っても誤りとはいえない。ある有力な会社法の学者も,「法令遵守における法令・不正とは何か,という点について詰めて考えると,よく分からないところがある」と率直に述べている。

 内部統制の目的に法令遵守がある点を除外して,あえて内部統制の構成要素から考察していくと,内部統制の目的を実現するために必要な要素を含む法律として,(1)個人情報保護法,(2)公益通報者保護法,(3)不正競争防止法が挙げられる。これらの法律は,内部統制自体が明確に規定されているわけではないが,内容において重複ないしは関連する概念を含んでいる。詳細は後日改めて解説するとして,ここでは内部統制との関連について概要を述べよう。

 「個人情報保護法」は,個人情報取扱事業者に対して,事業者監督義務など3つの義務を課しており,これらの義務の内容には内部統制の基本要素と重複する部分が多い。今年の4月1日に施行された「公益通報者保護法」は,企業内で起こった不正などの内部告発をした者(内部告発者)を保護するための法律であるが,同法に規定されている社内通報システムやヘルプラインの設置というのは,内部統制の基本要素と重複する部分が存在する。さらに「不正競争防止法」は,知的財産保護を主たる目的とする法律だが,同法に基づく差止請求をするためには,情報セキュリティの管理が重要であり,不正競争防止法上の営業秘密の要件を満たすために内部統制は有効な手段になると考えられる。

 以上のように,内部統制自体が規定される法律として会社法,金融商品取引法が,内部統制自体としては規定されていないがその構成要素と内容において重複・関連する法律として個人情報保護法,公益通報者保護法,不正競争防止法が存在する。

 次回は,日本の法制度における内部統制の位置付けについ,過去に問題となった判例を紹介しながら,より詳しく論じることにする。

次回へ

大 毅(だい つよし)
1999年3月,慶応義塾大学法学部法律学科卒業。2000年10月,弁護士登録。森総合法律事務所(現・森濱田松本法律事務所),阿部井窪片山法律事務所で知的財産法などを中心に執務。東京大学大学院工学系研究科先端学際工学博士課程専攻(知的財産法・技術移転法)を経て,2005年10月,千代田区主催のベンチャーインキュベーションセンター「ちよだプラットホームスクウェア」内にて独立開業。