前回は,自動車の製品としての特徴や自動車メーカーを中心とする業界構造,車の計画,開発から生産に至る業務プロセスの概要について解説した。今回はどのような車を作るのかという“仕様”をまとめる「商品開発」のプロセスについて,開発のデジタル化と製品仕様の管理――いわゆるPLM(Product Lifecycle Management)の領域について,掘り下げて解説していこう。

 以前,車を壁に衝突させてエアバックが動作するかどうかを試験する様子を映した自動車のCMがあった。このCMを見て,「何台あんな試験で車を壊しているのだろう。すごくお金かかるだろうな」と思った読者もいるだろう。

 各国の安全に対する法規制は年々厳しくなってきているため,自動車メーカー各社は,量産前に試作した実車を正面から壁にぶつけたり,別の自動車を試作した実車の側面にぶつけたりと,様々なパターンで衝突実験を実施している。車は人が運転するものなので,操作性や遮音性,乗り心地など,実車に乗って走行させてみないと評価できない項目も数多く存在する。このため,雨や極寒地,悪路や舗装路など様々な走行条件で実車を走らせる実験も欠かせない。

 しかし,車を設計して部品を作成し,試作車を組み立ててから重大な欠点が見つかった場合,設計の上流にまで遡って設計をやり直す「手戻り」につながりかねない。手戻りが起これば,開発費用が増加するだけではなく,新車発売に向けた開発スケジュールにも大きな影響をもたらすこととなる。

 そこで自動車メーカー各社は,実車の試作以降で発生する手戻りをなるべく少なくするために,CAD(Computer Aided Design)を使って車全体のデジタルな3次元形状を作成し,実際に車を作る前に可視化・シミュレーションする取り組みを進めている。

開発のデジタル化で開発期間を大幅に短縮

 1990年代までは,まず開発部門が中心となって手作りで試作車を作成し(1次設計試作,2次設計試作),次いで生産部門が中心となって実際に生産する設備を使って試作車を作成していた(1次生産試作,2次生産試作)。この時代もCADそのものは導入していたが,「図面作成ツール」としての活用がメインだった。評価は実際のモノ(実車)で行っていたために,数回の試作が不可欠だったのである(図1)。

図1●デジタル化による製品開発期間の短縮
図1●デジタル化による製品開発期間の短縮
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 しかし,設計試作から生産試作に移行してからも,組み立ての容易性や製造品質,個体差による性能のバラつきなどが原因で設計変更(手戻り)が頻繁に発生していたため,開発部門の負荷は長期間にわたっていた。

 現在では,実際に車を試作する前に3次元CADで部品や車全体のデジタルな3次元形状を作成してコンピュータ上で可視化・シミュレーションすることで,開発作業のフロントローディング(初期工程に負荷をかけて作業を前倒しで進めること)や試作回数の削減を実現している。さらに,製造ラインやロボット,作業者など工場全体の振る舞いをコンピュータ上で検証できるDF(Digital Factory)も,ここ数年で急速に導入が進んでいる,こうした開発のデジタル化により,ここ10年で新車開発の期間は,約半分にまで短縮されている。

3種類ある3次元CADのデータモデル

 3次元CADで利用するデータモデルは,3つに分類できる(表A)。

表A●3次元CADのデータモデルの種類
表A●3次元CADのデータモデルの種類
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 1つ目の「ワイヤーフレームモデル」は一番古くからあり,立体形状を輪郭線で表現したものだ。針金で作った模型のようなものと考えればいい。データは軽いが,曲面などの面データは表現できないため,そのまま部品加工に使用することはできない。ワイヤーフレームモデルは,主に部品を組み付けた際の部品同士の干渉チェックや組立手順の検討に活用されている。生産工場で使用する組立ロボットのパス(ロボットが部品をつかんでから所定の位置までどこにも部品をぶつけ運ぶ移動経路)を計算して,ロボットに指示(ティーチング)するためのデータとしても利用されている。

 ワイヤーフレームモデルの次に登場したのが「サーフェスモデル」。これは,立体形状の表面を,曲面を表す数式で表現するデータモデルである。サーフェスモデルは,車のスタイリングの可視化や空気抵抗の解析などに使用されているほか,サーフェスモデルのデータを使ってそのまま板金加工が可能なため,ボディやシャシーなどの多くの部品の設計に活用されている。

 「ソリッドモデル」は,「中身が詰まった立体形状」を表現できるモデルで,サーフェスモデルではできない容積や重心の計算が可能。部分によって厚みが異なる樹脂部品やエンジン部品に関しては,サーフェスモデルよりもソリッドモデルのほうが作成しやすいため,ソリッドモデルが扱えることが自動車メーカーが利用する3次元CADの必須条件となっている。

3次元CADの形状データを解析,加工,検証に利用

 では,ボンネットなど車の外観を決める板金部品を例に,3次元CADを核とした開発手順を説明しよう。

 デジタル化以前は,(1)デザイナーのスケッチを基に実物大の車のクレイモデル(粘土模型)を作成,(2)クレイモデルを3次元計測器で測定,(3)測定結果のデータ(3次元の座標データ)を基に板金部品の設計図を作成,(4)設計図を基に試作部品用の金型を作成,(5)金型を使ってプレス機で板金の試作部品を製作――という開発手順だった。

 現在では,次のような開発手順が定着しつつある(図2)。

図2●開発・試作におけるデジタル技術の活用
図2●開発・試作におけるデジタル技術の活用
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 まず,デザイナーがCG(Computer Graphics)ソフトを使って作成した3次元の形状データを3次元CADに取り込む。次に設計者が3次元CADを使って,デザイナーが作成した形状データを参照しながら部品を設計。設計が終わると,3次元CADデータ(3次元形状データ)に対して,CAE(Computer Aided Engineering)ソフトで表面の滑らかさや強度などを解析・検証する。

 検証が済むと,今度はCAM(Computer Aided Manufacturing)ソフトを使って,3次元CADデータからNCルーター(プログラム制御で金型などの金属を削り出す機械)を制御するためのデータを生成する。このデータを使ってNCルーターで金型を削り出し,板金の試作部品を製作したら,最後に,試作部品が決められた精度で加工できているかどうかを検証する。具体的には,3次元計測器で試作部品を精密に測定し,CAT(Computer Aided Testing)ソフトを利用して,3次元計測器の測定結果と3次元CADのデータを比較。両者のギャップが一定の値に収まっているかどうかを評価する。

 デジタル化が進んだ現在でも,全くクレイモデルを作らないわけではない。しかし,従来はクレイモデルを使っていた評価作業の多くが,現在ではDMU(Digital MockUp)ソフトで実現できるようになっている。DMUは,3次元CADデータを読み込んで可視化できるソフト。ボディの外観やダッシュボード周りなど,評価対象の部位の部品をすべて組み合わせて,様々な角度で表示できる。

 なお,樹脂部品の試作では,RP(Rapid Prototyping)(知っておきたい業界用語を参照)という手法の導入が進んでいる。RPを使えば,金型を作らずに3次元CADの形状データから直接,試作部品を作成できる。