Part4からは,日本の自動車(完成車)メーカーにおける開発から生産までの業務と,それを支える情報システムについて,Part1~Part3で解説してきたデジタル家電との対比を織り交ぜながら解説していく。

 自動車業界は,完成車メーカーの企業規模も大きく,部品サプライヤまで含めると非常に裾野の広い産業であり,日本の基幹産業として重要な存在になっていることは,もはや説明の必要がないだろう。

 また,「カンバン」「カイゼン」といった自動車業界発の用語は,日本はもとより世界中の製造業で共通語になっている。日本の自動車メーカーの開発・生産活動における数々の改革手法は,他の製造業から見ても非常に興味深いものが数多く存在する。

 Part4からは,日本の自動車(完成車)メーカーの開発から生産までの業務と,それを支える情報システムについて,Part3までに解説してきたデジタル家電との対比を織り交ぜながら,3回にわたって解説していく。

購入成約が結ばれるまで,色・装備が確定しない

 自動車メーカーの業務や業界構造を理解するために,まずは自動車の製品としての特性について解説しておきたい。

 自動車は,一般消費者が購入する消費財の中で,最も大型で高額な量産型の製品であり,国内だけでも年間1000万台(バス,トラック含む)が生産されている。表1は,自動車の製品としての特徴を,デジタル家電と対比したものだ。

表1●家電製品と自動車の販売・生産モデルの違い
表1●家電製品と自動車の販売・生産モデルの違い

 自動車1台に使われる部品は,エンジン部品,シート,ボディ,電装品からネジなど細かいものまで含めると2万~3万点もあり,その多くがそれぞれの自動車用に開発される専用部品である。これらの部品に使用される素材も,鉄,アルミ,樹脂,ガラス,布,木材など多岐にわたる(詳細はJAMA=日本自動車工業会の自動車製造に使用される主要な材料および部品等を参照)。デジタル家電と比較しても,その数と種類の多さは桁違いであることが分かる。

 このように多種多様な部品の生産を,完成車メーカーだけでまかなうことは現実的ではない。このため,その多くの部品を,サプライヤと言われる自動車部品メーカーに依存している。完成車メーカーは,自動車としての基本機能であるエンジンと完成車組み立てを自社で行い,その他の部品はサプライヤから調達を行う分業体制をとることが一般的だ。特に,日本の完成車メーカーのサプライヤへの依存率は,部品全体の約7割にも及ぶ。

 販売方式についても見ておこう。一般的に,ディーラーで新車を購入する際には,購入を希望する車種,グレードに対してボディ色や様々な装備のオプションを選択する。つまり購入成約が結ばれるまで,どのような色・装備の車を生産するか確定しないのである。

 このような販売方式をCTO(Configuration To Order)方式と呼び,デジタル家電のようにあらかじめ計画生産された店頭在庫を消費者が購入するMTS(Market To Stock)方式とは異なる。自動車メーカーがディーラーからのオーダーを取りまとめてはじめて,その週,その日に生産する車が確定するのだ。

 完成車メーカーの生産計画の確定に合わせて,必要な部品をサプライヤから都度納入させるJIT(ジャスト・イン・タイム)生産が一般的となったのは,このような販売モデルが背景にあることは,きちんと理解しておきたい。

多様化・高機能化とグローバル市場の拡大で業界構造が変化

 次に,自動車業界全体の課題と,その解決に向けた自動車メーカーの取り組みについて解説していこう。図1は,日本の自動車産業の構造を示したものである。

図1●日本の自動車業界の構造と課題
図1●日本の自動車業界の構造と課題
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 サプライヤは,部品を組み合わせたモジュールとして完成車メーカーに納入する1次サプライヤと,その1次サプライヤに対して部品を納入する2次,3次サプライヤに大別でき,完成車メーカーを頂点とするピラミッド構造になっている。

 しかし近年,この構造に変化が生じてきている。その背景となるキーワードは「自動車の多様化・高機能化」と「グローバル市場の拡大」だ。まず,「自動車の多様化・高機能化」という側面から解説していこう。

 自動車の120年の歴史において,自動車としての基本的な構造は,実はほとんど変わっておらず,顧客や市場の変化に合わせて,付加価値が進化してきたと言える。特に近年は,ユーザーニーズの多様化への対応や,他社との差別化のための高機能化のスピードが激化している。これにリサイクルや次世代燃料などの環境対応が加わり,新車の開発費は増加の一途をたどっている。

 完成車メーカーはこれらの開発負担を削減するため,特に1次サプライヤに対して,より複合した機能モジュールの開発や高付加価値な提案を求める傾向が強くなっている。これまで複数サプライヤが提供していたモジュールを組み合わせた複合モジュールに対応するため,近年ではサプライヤ同士のアライアンスや統合が盛んに行われている。また,高付加価値の多くの部分はデジタル家電業界と同様に電子デバイスやソフトウエアで実現されるものが多い。このことが,家電各社の自動車業界への新規参入を加速させている。

 また,市場の多様化に対応して様々な車種を素早く市場に投入できるよう,完成車メーカーはプラットホーム(P/F)の統合にも取り組んでいる。プラットホームとはエンジンやサスペンションといった足回りの部品を搭載するベースのことを指す。車台(しゃだい)とも呼ぶ。

 プラットホームは,車の衝突安全性や基本性能を司る重要な部分であり,プラットホームの開発は新車開発の大きな比重を占める。このプラットホームを,いくつもの車種で使い回せるように設計しておくことで,より短期間で多くの派生車種を市場に投入できるようになり,部品共通化によるさらなるコストダウンが可能となる。最近では,自動車メーカー1社だけでなく,自動車メーカー同士のアライアンスでプラットホームを共用するケースもある。

 一方,「グローバル市場の拡大」という側面では,BRICs(ブラジル,ロシア,インド,中国)の存在感が高まっている。

 最近,トヨタ自動車が生産台数で実質世界1位となるなど,自動車業界の好況を伝える記事を目にするが,実態としては日・米・欧の主要先進国の市場はすでに“頭打ち”になりつつあり,その中で各社のシェア争いが繰り広げられていると見るほうが正しい。BRICsは,このような状況下で新たな市場として注目されている。中国を例にとってみても,近年の富裕層の出現で高級車が飛ぶように売れており,世界の工場と言われていた時代から消費地として重要視される時代に変わってきた。

 BRICsで見逃せないのが現地メーカーの台頭である。これまでは完成車の輸入や日米欧メーカーとの合弁会社によるKD(ノックダウン)生産(「知っておきたい業界用語」を参照)が主流だったが,現在では部品の調達から完成車組み立てまで対応できる実力をつけ始めている。中国では第一汽車,インドではタタ・モーターズなどが代表的だ。

 現地メーカーが低価格な自動車を販売するようになったため,日本の自動車メーカーでは,日系メーカー中心の部品調達から現地メーカーを含めたグローバルな部品の最適調達に切り替えてコスト競争力をつける動きが活発化している。これに対応できるサプライヤと,そうでないサプライヤの選別がすでに始まっているのである。