IPネットワークで音声パケットを相手に送るだけでは電話にはならない。電話には,相手を呼び出したり,通話を管理する「呼制御(こせいぎょ)」と呼ぶしくみが必要になる。Part3では,IP電話の裏側で動くこの呼制御のしくみを探っていこう。

 最初に,呼制御とはどういうものなのか,簡単に押さえておこう。

 一般の電話はもちろんIP電話でも,相手と通話するには,まず相手を呼び出さなければならない。電話番号をダイヤルすると,相手の電話機のベルが鳴り,これに気づいた相手が受話器を取って初めて通話が始まる。また,相手を呼び出している間は,相手の電話でベルを鳴らすのと同時に,自分の電話機でも,呼び出し中であることを示す呼び出し音を鳴らす処理が必要。相手がすでに通話中だったら,ビジー・トーンを鳴らさなければならない。

 相手を呼び出すこと以外にも,電話番号や課金情報の管理など,電話を実現するためには実にさまざまな処理が必要になる。こうしたことはすべて呼制御の役割なのである。

 呼制御にはさまざまな機能があり,ネットワーク全体で分担して処理している。加入電話網では,相手の電話機のベルや呼び出した側の呼び出し音やビジー・トーンを鳴らすのは,交換機の仕事。通話や課金情報の管理は,交換機と電話会社の専用のコンピュータが通信して一元的に管理している。

音声とは別に制御用データをやりとり

 では,IP電話のネットワークではどうか。音声を中継する場面では,交換機の役割はルーターが担当していた。しかし呼制御では,電話機のベルを鳴らしたり呼び出し音を流すのはVoIPゲートウエイの仕事になる(図1)。さらに,電話番号から呼び出す相手のIPアドレスを見つけ出すのもVoIPゲートウエイだ。

図1●IP電話を実現するには呼制御のしくみが必要
図1●IP電話を実現するには呼制御のしくみが必要
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 ただし,呼制御のすべてをVoIPゲートウエイが行っているわけではない。IP電話の端末が多いネットワークでは特に,電話番号とIPアドレスの対応付けや通話の履歴などの情報を一元管理する専用サーバーを置くケースが多い。そのサーバーとVoIPゲートウエイの間で情報をやりとりすることで呼制御を実現するのである。

 そのやりとりには,呼制御プロトコルを使う。IP電話を裏で支える呼制御プロトコルには,H.323(エッチ・サンニーサン)SIP(シップ)MEGACO(メガコ)――など,さまざまな種類がある。このほか,ベンダー独自のプロトコルもあり,それぞれ互換性はない。これらの呼制御プロトコルのうち,とくに一般ユーザー向けのVoIPゲートウエイ装置やIP電話ソフトでよく採用されている呼制御プロトコルがH.323とSIP。そこで,この二つのしくみを詳しく見ていこう。

H.323
ゲートキーパーが呼制御を仕切る

 まずはH.323から見ていくことにしよう(図2)。IP電話の世界では,このH.323が呼制御プロトコルとして最も古くから使われている。企業ユーザー向けに販売されているVoIPゲートウエイの多くがH.323に対応しており,利用実績も多い。H.323はもともと,IPネットワークでテレビ会議などのマルチメディア通信向けのプロトコル群としてITU-Tが標準化したもの。その一部の機能を使ってIP電話を実現しているわけだ。

図2●H.323のしくみ<br>電話をかけるとVoIPゲートウエイとゲートキーパーがTCPで接続し,制御情報のやりとりを始める。
図2●H.323のしくみ
電話をかけるとVoIPゲートウエイとゲートキーパーがTCPで接続し,制御情報のやりとりを始める。
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 H.323を使ったIP電話システムは基本的に,いくつかのVoIPゲートウエイと,これらを束ねて呼制御情報を一元管理する「ゲートキーパー」で構成する。一つのゲートキーパーが管理するIP電話ネットワークの範囲を「ゾーン」と呼び,ゾーン内のVoIPゲートウエイはH.323のプロトコル群に含まれるH.225.0という呼制御プロトコルでゲートキーパーとやりとりし,呼制御を実現するわけだ。