EAを策定して効果を上げるには,全社的な仕組み作りと継続的な運営が欠かせない。こうした「EAガバナンス」には,原理原則やアーキテクチャの評価基準など重要な5つの要素がある。長期にわたる辛抱強い取り組みがなければ,「全体最適」は得られないことを知ってほしい。

 Part1では,企業情報システムの全体最適を実現する「エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)」の基本的な概念と,企業がEAを策定するために何をすべきかを定めた枠組み(フレームワーク)を中心に紹介した。今回はその後編として,策定したEAを企業に根付かせ,個々のシステム構築プロジェクトで効果的かつ効率的に機能させるための仕組み,すなわち「EAガバナンス」について解説する。

 EAガバナンスを確立し,全社規模で継続的に運営していく役割を担うのは,主に経営企画やシステム企画などの組織である。しかし,個々のプロジェクトでアーキテクチャ策定やシステム開発を手掛けるITエンジニアにとっても,EAガバナンスの仕組みの構築と継続的な運営なくして全体最適は実現できないことを知っておくことは非常に重要だ。以下の解説を通じて,その意味を理解してもらえれば幸いである。なお類似の考え方に「ITガバナンス」があるが,それとの違いは最後に述べる。

EAガバナンスの5つの要素

 EAは,一朝一夕には策定できないし,一度作ったら終わりというものでもない。全社的な日常業務の一環として継続的に作り上げ,改善していくことが欠かせないのである。たとえ完成したとしても,企業が成長し続ける限り,戦略やプロセスの変化に合わせてアーキテクチャ・モデルを迅速かつ的確に変えていく必要がある。それができて初めて,本当の意味でのEAを実現できたと言えるのだ。そのためには,5年~10年という長期にわたって,辛抱強くまじめな取り組みを粛々と遂行していく必要がある。

 Part1で説明したように,EAの実体はビジネスとITの「現状(As Is)」と「あるべき姿(To Be)」を体系化した4つのアーキテクチャ・モデルである。EAガバナンスは,これらのモデルを維持管理するための仕組みであり,具体的には図1に示した5つの要素から成る。以下では例を交えながら,各要素を順に説明していく。

図1●EA(エンタープライズ・アーキテクチャ)を企業に根付かせる「EAガバナンス」の5つの構成要素<br>細い矢印は要素間の依存関係を表す
図1●EA(エンタープライズ・アーキテクチャ)を企業に根付かせる「EAガバナンス」の5つの構成要素
細い矢印は要素間の依存関係を表す
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アーキテクチャの「原理原則」

 EAガバナンスの第1の要素である「アーキテクチャ・プリンシプル」は,長期的なIT構築・活用・管理に関する基本的な理念や方針を示したものであり,全てのIT投資やシステムの基本設計において守るべき「原理原則」である。通常は図2に示したような文書で明文化し,ユーザー部門を統括する役員や部門長などとITスタッフの共通認識を図るために用いる。経営の視点から言うと,自社のITがどうなっているか,どれほど経営に貢献しているか(あるいは,貢献する準備ができているか),といったことを社内外に明確に表明できることにつながり,IRの観点でも大きな意義を持つ。

図2●EAガバナンスの骨格とも言えるアーキテクチャ・プリンシプル(原理原則)の例
図2●EAガバナンスの骨格とも言えるアーキテクチャ・プリンシプル(原理原則)の例
企業としてのIT戦略/ビジョンに基づいて最上位のプリンシプルを策定し,それを具現化するためのいくつかの “視点”を示した下位のプリンシプルを策定する

 アーキテクチャ・プリンシプルは通常,“憲法”に相当する最上位のプリンシプル(ガイディング・プリンシプルまたはジェネラル・プリンシプルと呼ぶ)と,それを具現化するための下位のプリンシプルから成る。図2の例では最上位のプリンシプルとして,「IT部門はすべてのシステム(情報基盤)に対してオーナーシップ(所有権)を持ち,責任を持って提供する」,「システムは業界標準に適合しなければならない」など6カ条を挙げている。

 一方,下位のプリンシプルは複数の項目に分類・整理するのが一般的である。図2の例では「経営戦略/IT戦略」,「業務機能」,「テクノロジ」,「将来性/拡張性」という4つの視点で項目を設定し,各項目にさらに詳細な項目を設けている。例えば業務機能の項目には,ビジネスプロセス,アプリケーション,データなどの詳細項目がある。