綿密な計画を立てても,プロジェクト実施段階で正確な進ちょく情報を収集・分析できなければ意味がない。それを実現する代表的な管理手法が「EVM(Earned Value Management)」だ。重要な「出来高」の考え方や,EVMの各種指標の使い方,導入時の勘どころなどについて解説する。
「用語がアルファベットばかりでなじみにくい」,「数式が多くて覚えられない」,「小規模なプロジェクトに適用すると,かえってオーバーヘッドがかかる」――。
読者の中には,EVM(Earned Value Management)に対してこんなイメージを持っている方も多いのではないだろうか。だが,EVMは決して難しいものではないし,うまく使えばプロジェクトの規模を問わず大きな効果が期待できる。Part3では,そうしたEVMに取り組む際のカベを取り除き,効果的に実践するためのポイントを解説する。
進ちょくを測るデータがない
プロジェクトマネジメントにおいて,EVMという言葉が聞かれるようになってから久しい。だが,EVMの重要性について正しく理解している人は,どれだけいるだろうか。
EVMが必要とされるのは,従来の進ちょく管理に問題があったからにほかならない。大きな問題は2つある。
1つは,進ちょく報告のやり方である。例えば,プロジェクト・マネジャーやチームリーダーが進ちょく状況についてメンバーに尋ねたところ,次のような返事が返ってきたらどう思うだろうか。「今週末までに終えるつもりです」,「少し遅れ気味になってきました」,「予定していた作業量を超過しそうです」。
こういったメンバーの主観に左右される報告では,実際の進ちょく状況がブラックボックス化されてしてしまう。最悪なのは,現場から全く報告が上がってこなくなるケースだ。このような事態を招く原因は色々考えられるが,その根底にあるのは進ちょくを測る客観的なデータが存在しない,ということである。
もう1つの問題は「WBS(Work Breakdown Structure)」の使い方にある。まず,WBSを計画作成にしか使っていないケースが多い。計画作成に加えて実績管理にWBSを使っている場合でも,開始日と終了日を記入するだけの「日程管理」に終わっているケースもある。これでは予定した作業量やコストを超過したのか下回ったのかを判断できない。
全工程で同じ指標を使うEVM
こうした問題を解決するのに役立つのがEVMである。EVMによる進ちょく管理が従来の手法と最も異なるのは,プロジェクトの全工程にわたって統一された指標で,「出来高」を見ていく点だ(出来高の詳細は後述)。
従来は,工程ごとに進ちょく管理の指標が異なっているケースがほとんどだった。例えば,設計工程では仕様書の枚数,開発工程ではプログラムの本数,テスト工程ではテストケースの数,という具合である。これらの指標は特定の工程内での進ちょくを見るには有益だが,プロジェクト全体の進ちょくを把握しようとすると支障が出てくる。
これに対してEVMでは,プロジェクトのどの工程でも同じ指標を使って出来高を測定し,その値によって作業の進ちょく状況を把握する。指標は何でも構わないが,スケジュールとコストの両面を把握できるメリットを生かすには,工数(人日・人月など)や金額を用いるとよいだろう。
EVMはプロジェクト・チーム内部での管理に使うだけでなく,ユーザー企業や協力会社との進ちょくに関するコミュニケーションにも使える。ただし,どちらの用途で使うかによって,管理対象とする作業内容などが異なるので注意が必要だ。以下ではプロジェクト・チーム内部での管理に使うEVMについて説明していく(「発注者への進ちょく報告に使うEVM」も参照)。
ユーザー企業など,プロジェクトの発注者にEVMを用いた報告を行う場合は,WBSで定義すべき作業内容や,対象プロジェクトのBAC(完了時総予算)が異なる。この場合は「CWBS(Contractual WBS,契約WBS)」と呼ぶ専用のWBSを用いる。
WBSは本来,プロジェクト内部で使用するものなので,作業の成果を測る指標には通常,工数を使用する。これに対してCWBSは発注者への進ちょく報告に使用するので,指標には成果の価値としての金額を用いる。
WBSの作業項目には,発注者から直接見えるもの(納入する成果物の作成作業など)と見えにくいもの(要員教育,品質管理作業など)が存在する。CWBSでは,発注者から見えにくい作業項目を省き,適切な別項目に含めて扱う。
コストの観点でも両者には違いがある。WBSにはリスク対応のための予備費などは含めないで別に管理するが,CWBSではそれを適切な作業項目に配分する。つまりCWBSにおけるPVの合計(=BAC)は,発注者との契約金額と一致する。
なお,受注者が発注者とプロジェクトのスコープや状況認識を共有するためにCWBSを用いる場合でも,日々の管理に用いるのはWBSの要素すべてであることを忘れてはならない。
作業の成果を予定コストに換算
では,出来高とは何だろうか。具体的に,どうやって測るのだろうか。
まず理解していただきたいのは,出来高は現時点までに完了した作業の“成果”を表すもの,ということだ。「計画作成時のWBS定義で,各作業に充てた工数や金額(予定コストと呼ぶ)」を,その作業が完了した時の成果と考える。つまり,指標に工数を用いる場合は,完了した作業(ドキュメントやプログラムといった成果物の作成)の予定工数を累積したものが,その時点での出来高となる。実際にかかった工数ではないことに注意してほしい。コストの指標として金額を用いる場合は,工数に要員の人件費単価を掛けて換算すればよい(成果物の価値によって重み付けする場合もある)。
これを読んでも,まだピンと来ないかもしれない。そこで,次の問題を考えてみてほしい(図1)。
「1人のプログラマが,毎日1本ずつ,5日で5本のプログラムを作成する」という計画がある。あるプログラマが実際に作業を始めたところ,3日目終了時点で2本のプログラムしか完成しなかった。指標として工数を用いる場合,この時点での出来高は「何人日」と考えればよいだろうか。
この例では,計画段階でプログラム1本の作成作業にかかる工数を1人日と見ていた。したがって3日目終了時点での出来高は,完成したプログラム2本の作成作業を予定工数に換算した「2人日」となる。
当初の計画では,3日目終了時点で3本のプログラムが完成しているはずだった。つまり「計画上の出来高」は3人日であり,実際の出来高はこれを1人日だけ下回ったことになる。これがEVMの出来高による進ちょく管理の基本的な考え方だ。
こんなことは直感的に分かると思うかもしれない。だが,大規模なプロジェクトの全工程を対象に,あるいはすべての開発チームを対象に,このような管理を厳密に行うことは至難の業である。そのための基本的な枠組みと手段を提供することにEVMの意義があるのだ。