「プロジェクト管理は,マネジャーの専権事項」――この考え方が通用する時代は終わりを告げた。今や,すべてのITエンジニアが自らの基本スキルとして,プロジェクトマネジメント手法―PMBOKやEVMS―を身につけなければならない。

 あなたはPart1「実録!プロジェクト・マネジャーの“お仕事”」を読んで,どんな感想を持っただろうか。

 その答えは,組織の中での立場や現在の仕事の中身によって,千差万別だろう。あなたがプロジェクトをマネジメントする側なら,「結局,ハッピーエンドか。あんなに上手くいくなら苦労はないよ」,「自分のプロジェクトも,こんな風にいけばいいな」…。

 一方,プロジェクト・マネジャー以外の人も,「プロマネは大変だ。自分はそんな仕事は,したくない」,「こういうマネジャーと一緒に働いてみたい」,「プロマネの仕事は,意外に面白そうだな」など,様々な感想を持ったことだろう。

 しかし,この記事から全読者に感じ取ってもらいたいことがひとつある。「すべてのITエンジニアは,プロジェクトマネジメントの知識やスキルを,身につけなければならない」ということだ。この意見に対しては,反論があるかも知れない。「マネジメントするのはマネジャーの役割だ。チーム・メンバーであるプログラマやシステム・エンジニア(SE)は,技術の専門家として自分の仕事をきっちりこなせばいい」という考え方である。

 だが,こうした考えはもはや通用しなくなってきている。ユーザー企業における情報システムの位置づけや意義が様変わりし,その結果としてプロジェクトマネジメントのあり方や考え方も,大幅に変化しているからだ。

 では位置づけや意義,考え方などが変わったというのは,一体,どういうことなのか。何が原因で,どのように変わったのだろうか。以下では,こうした変化の内容を具体的に解説する。同時に,すべてのエンジニアが知るべきプロジェクトマネジメントのエッセンスを紹介しよう。

管理と経営は全く違う

 「プロジェクトマネジメントと言うが,これまでのプロジェクト管理と何が違うのか。管理をマネジメントと言い換えたに過ぎないのでは」――。“プロジェクトマネジメント”という言葉を,こんな風に捉える人は意外に多いのではないか。

 しかし,この見方は間違っている。従来のプロジェクト管理は,単に決められた予算や納期を守り,スペック通りのシステムをバグなく作るのが目的。“管理”の意味は,コントロールだった。これに対し現在のプロジェクトマネジメントは,顧客企業のビジネスに貢献するシステムの構築が目的である。この点から言えば,マネジメントは管理ではなく,“経営”と訳すほうが正解に近い。

情報システムの“品質”が変化

 管理と経営とは,具体的にどう違うのだろうか。「製造業におけるモノ造り」を例に説明しよう。

 1990年代以前の製造業では,作るべきモノは明確に決まっていた。そのため要求仕様を満たす製品をいかに安く早く,しかも高品質に作るかという「管理」の手法が重要だった。ベンツやBMWなど海外の高級車と機能は同等以上だが,価格が圧倒的に安い国産車は,この管理の成功例といえるだろう。

 しかし95年頃を境に,それでは立ち行かなくなった。価格や品質だけでは不十分で,顧客が必要とするものを必要とするタイミングで提供しないと評価されなくなったのだ。しかも顧客が欲しいものは,時々刻々と変わる。そこで重要になったのが,いわゆる顧客満足だ。モノやサービスを提供するだけでなく,それを通じて顧客の満足度を高めようという考えだ。モノそのものではなく,顧客満足度という目に見えないものが目的になるという,複雑な要求に応えるには,管理ではなく,経営的なセンスや視点が求められる――。

 いうまでもなく,情報システムの開発も同様だ。90年代までの情報システムは,期日通りに開発すれば,“満点”をもらえた。しかし現在の情報システム開発プロジェクトでは“及第点”でしかない。残りの点数は,システムがどれだけ活用され,ユーザーに利益をもたらしたかで決まる。

経営に役立つシステムが重要

 何となく理解できる気がする半面,今ひとつピンとこないかも知れない。そこでここまでの論旨を図式化すると,図1のようになる。単純化すれば,「稼働が大事」から「経営に活用できることが大事」に変わったということである。

図1●情報システムに「求められること」は大きく変化している。ITの多様化や,環境変化への対応など,開発は困難さを増している
図1●情報システムに「求められること」は大きく変化している。ITの多様化や,環境変化への対応など,開発は困難さを増している

 Webを使った商品販売システムや,サプライチェーン管理システムを想定すれば,この意味は明らかだろう。これらのシステムは動作するだけでは無用の長物だ。ユーザー企業の売り上げや利益に貢献してはじめて,システムの存在意義が出てくる。

 しかも開発の途中や稼働後に,システムの目的が変更・追加されることも珍しくない。一言で言えば,「最近の情報システムは不確定要素やリスクが多い」のだ。

 それを開発するプロジェクトに,目的や利用技術,開発期間などが確定していた時代の「プロジェクト管理」が通用しないのは,当然だろう。

 代わって浮上してきたのが,“スコープ”や“リスク”という経営的な視点を取り入れた,「モダン・プロジェクトマネジメント」である(図2)。目的や求められる“品質”が変わっているのが分かるだろう。これを別の切り口から見ると,図3のようになる。あいまいなユーザー要件をどう明確化して,最終的に競争力の向上につなげるのか――。モダン・プロジェクトマネジメントは,「システム開発を通じた経営そのもの」と言える。

図2●モダン・プロジェクトマネジメントは,従来のプロジェクト管理とは,その目的や,対象とする範囲などが大きく異なっている
図2●モダン・プロジェクトマネジメントは,従来のプロジェクト管理とは,その目的や,対象とする範囲などが大きく異なっている

図3●モダン・プロジェクトマネジメントは「プロジェクト管理」から対象範囲が拡大しただけではない。プロジェクトを取り巻く環境の変化に着実に対応できるかなど,新しい課題に解決策を与えるものだ
図3●モダン・プロジェクトマネジメントは「プロジェクト管理」から対象範囲が拡大しただけではない。プロジェクトを取り巻く環境の変化に着実に対応できるかなど,新しい課題に解決策を与えるものだ
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