Part1~Part4まで4回連続で,証券会社の業務の流れと,それを支える情報システムの実際について見ていく。Part1は,リテール(個人向け)取引の業務の流れを解説する。

 銀行に行ったことがない,という人はまずいないだろうが,証券会社はどうだろう。看板は目にしても,店舗に入ったことがない人の方が多数派ではないか。

 しかし銀行も証券会社も,「お金の需要と供給を結びつける」機能は同じだ。いずれも,資金を融通する役割を持つため「金融機関」と呼ばれている。異なっているのは,その方法である。個人や企業は,当面使わないお金を銀行に預ける(預金)。銀行は集めた預金を,仕入れや設備投資の資金を必要とする企業に貸し出す(企業にとっては借入金)。預金者と企業は,銀行を介して資金をやり取りしているわけだ。ただし,預金者は自分のお金が誰に貸し付けられたかを知らない。このため,これを「間接金融」と呼ぶ。

 だが,企業が必要な資金を調達する方法は,銀行から借りること以外にもある。企業が「株式」や「社債」を発行して,それを投資家に購入してもらい,資金を調達する方法である。証券会社は,企業が発行する株式や債券を引き受けて,最終的な投資家に販売する役割を担う。

 この方法の場合,投資家は自分がどの会社に投資しているのかを知っており,投資家と企業が直接,資金を融通し合う関係が成り立つ。これが「直接金融」である。証券会社は,この直接金融の担い手なのだ(図1)。

図1●証券会社の役割<br>資金の借り手と貸し手の間に,銀行(金融機関)が存在しない取引を指す「直接金融」の担い手である
図1●証券会社の役割
資金の借り手と貸し手の間に,銀行(金融機関)が存在しない取引を指す「直接金融」の担い手である
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 証券会社は,株式投資をしたことがない個人にとっても,無縁の存在ではない。例えば,我々が支払っている生命保険や損害保険の保険料を考えてみよう。こうした資金は,保険会社によって運用され,企業に対する貸付金や不動産への投資に回るが,一部は株式や社債などの有価証券に投資するのが一般的である。証券会社は,その売買注文の受付先であり,個人が保険会社に支払ったお金が証券会社を通じて運用されていることになる。

 「持ち株制度」や「財形貯蓄」も基本的に同じ構造だ。持ち株制度において社員が自社株を購入するために拠出した資金や,企業が持ち株の取得を促進するために出した補助金は,証券会社を通じて自社株式の買い付けに回るからだ。

 財形貯蓄も,公社債投資信託などで運用する場合は,証券会社に注文が入る。このように一般の個人にとっても,証券会社とのかかわりは多岐にわたっている(図2)。

図2●個人と証券会社のかかわり<br>株式,債券,投資信託の売買など多岐にわたる
図2●個人と証券会社のかかわり
株式,債券,投資信託の売買など多岐にわたる
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2通りある証券ビジネス

 企業や個人と様々な取引関係がある証券会社だが,ビジネスの仕方は企業向けと個人向けでは自ずと異なる。そこで保険会社や信託銀行といった企業(機関投資家)を対象にするビジネスを「ホールセール」,そして個人顧客を対象にしたものを「リテール」と呼んで,分けて考えるのが一般的である。

 現在,日本には証券会社が307社(2006年12月現在,日本証券業協会登録会員)あるが,実はこのホールセールとリテールの両方を行う会社は意外に少ない。日本の証券会社では,野村證券,大和証券グループ,日興コーディアルグループ,三菱UFJ証券,(合併後の)みずほ証券くらいである(大和と日興はリテールとホールセールを別会社にしている)。外資系はさらに少なく,実質的にはメリルリンチ日本証券だけといって差し支えない。

 他の外資系や都銀系の証券会社は,大半がホールセールに特化しており,逆に国内の中堅証券会社やオンライン専門証券会社は,リテールを主要業務にしている。

 筆者が勤務する野村総合研究所は,リテールとホールセールを合わせて100社を超える証券会社の基幹系システムをSI(システム・インテグレーション),アウトソーシング,ビューロ(共同利用型)サービスといった形で受注している。筆者自身も証券業界に長年携わっており,本講座では業務とシステムをバランスを取りながら述べるつもりだ。Part1とPart2は,リテール・ビジネス,中でも株式の取引に焦点を絞って,その流れとシステムについて解説しよう。

情報の付加価値が重要に

 株価は動く。特に人気のある銘柄や,何らかの話題を集めている銘柄の株価は,刻一刻と変化し,まさに「生き物」という表現がぴったりである。だから証券会社も,顧客である投資家が行う取引に役立つ情報をタイムリーに提供し続けなければならない。求められる情報の“質”も,重要だ。何しろ現在は,インターネットを少し検索すれば,株価チャートや簡単な財務情報,ニュースなどが無料で簡単に手に入る。証券会社が持っている情報と,投資家が持つ情報との「格差」はどんどん縮まっており,情報にどのような付加価値を付けられるかが,証券会社の競争力を左右するほどである。