2005年くらいから,従来のASPが抱えていた欠点を解消したASPがSaaS(Software as a Service)と呼ばれるようになり,再び脚光を浴びるようになった。Part2では,ASPとSaaSの違いを説明するとともに,SaaSの推進要因を,外部環境の変化,ユーザー側のメリット,ベンダーのメリットという3つの側面から解説する。さらに,SaaSの進化にも触れる。

 現在,脚光を浴びているSaaSとは,「Software as a Service」のアルファベットの頭文字をとったもので,日本語では,「サービスとしてのソフトウエア」と訳される。

 「サービスとしての」というのは,利用前にライセンスを購入することによってのみ利用可能であったパッケージ・ソフトウエアとの対比で使われている。つまり,水道や電気のような公共サービスと同様に,必要に応じて利用申し込みをすれば,ベンダー側で既にサービスが稼働しているためすぐに利用が開始できるサービス,という意味で使われている。

 冒頭で説明したASPの定義は,このSaaSについても当てはまる。細かな部分に違いはあるものの,「ネットワークを通じて,システム機能を提供するサービス,あるいはビジネスモデル」という本質的な部分においては,従来のASPとSaaSに違いはないからである。

 では,ASPとSaaSはどこが違うのか。SaaSと呼ばれるようになった現在のASPは,普及に至らなかった従来のASPの課題を解決すると同時に大幅な進化を遂げ,ビジネスとして成功を収める要素を数多く秘めている。この点が大きな違いだ。

 SaaSベンダーの代表である,セールスフォース・ドットコム社(Salesforce.com)やネットスイート(NetSuite)社の例を参考に,まずは技術的な観点で,SaaSが従来のASPと異なる点を挙げよう。

(1)ASPモデルでの提供を前提として設計されており性能,操作性が向上

 パッケージ・ソフトウエアをネットワーク経由で利用できるようにしただけの従来のASPと異なり,SaaSでは,開発当初からASPでのサービス提供を前提として設計されている。このため,ネイティブなWebアプリケーションと比べてパフォーマンスが劣るということはない。

 操作性に関しても,非常に直感的なUI(ユーザー・インタフェース)を実現し,さらにWebページの一部だけを更新できるAjax技術が登場。SaaSベンダーが積極的に採用し始めたため,オフィスソフトなどと同等の使い勝手を実現している。

 また,ソフトウエアの開発ベンダーではないサードパーティ・ベンダーによってホスティング(運用管理)されることが多かった従来のASPと異なり,SaaSでは,ソフトウエアの開発ベンダー自らがホスティングしている。このため,バージョンアップ作業やメンテナンス作業の際も,ユーザー側でシステムの利用を停止する必要がない。

(2)マルチテナント

 マルチテナントとは複数のユーザーでサーバー,DB(データベース)などのリソースを共有することである。従来のASPがユーザーごとにサーバー環境を割り当てる形式(=シングルテナント)であったのに対して,SaaSでは,複数のユーザーでサーバーやDBをシェアすることで,ハードウエア/ソフトウエア費用や運用管理費用を抑え,スケールメリットの最大化を図っている(図4)。

図4●シングルテナントとマルチテナントの違い<br>顧客ごとに個別にリソースを割り当てるシングルテナントに比べ,マルチテナントでは,複数の顧客でリソースを共有するため,サーバーコスト,運用管理コストなどを抑えることができる。
図4●シングルテナントとマルチテナントの違い
顧客ごとに個別にリソースを割り当てるシングルテナントに比べ,マルチテナントでは,複数の顧客でリソースを共有するため,サーバーコスト,運用管理コストなどを抑えることができる。
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 さらに,SaaSでは全ユーザーが同じバージョン,同じコードのソフトウエアを使用しているため(シングル・インスタンス),SaaSベンダーはソフトウエア保守の負荷が軽減できる。またパートナー企業やユーザーが拡張機能を開発し,それをコミュニティに寄贈してさらに機能を改善していくなど,Web2.0的なコミュニティを活用した開発も期待できる。

(3)カスタマイズ性の向上

 従来のASPは基本的にカスタマイズができず,ユーザーの個々のニーズに応えることはできなかった。これに対しSaaSでは,メタデータを利用して,ユーザーごとに個別にカスタマイズしたサービスを提供することができる。

 メタデータとは,ユーザーごとのカスタマイズ情報を記録したデータで,アプリケーション・サーバーとは別に用意したDB上に保持される。このため,システムのバージョンアップの際にも,ユーザーが設定したカスタマイズ情報を引き継げるメリットがある。

 カスタマイズ可能な項目としては,表示フォントやカラーなどのユーザー・インタフェースの変更やビジネスルールの改変,データモデル(フィールドやテーブル構成など)の拡張などがある。

(4)アプリケーション連携のしやすさ

 他のアプリケーションとの連携性も大幅に向上している。SaaSでは,顧客企業の既存アプリケーションやSAP,Oracleなどのパッケージ・アプリケーションとの連携を可能とするAPI(Application Programming Interface)がベンダーから提供されているケースが多い。

 また,後述するセールスフォース・ドットコム社の「Apexプラットフォーム」のように,SaaSアプリケーションと連携して動作可能なアプリケーションを他社が構築できるプラットフォームが提供されるケースもある。もちろん,複数のアプリケーションにわたって,リアルタイムにデータ連携を行うようなケースでは簡単にはいかないが,以前のASPと比べれば格段の進化と言える。

 従来のASPとSaaSの違いをまとめると表1のようになる。

表1●従来のASPとSaaSの違い<br>マルチテナントによって,コストメリットを最大化しながらも,個々のユーザー要求に合わせたカスタマイズが可能である点がポイント。
表1●従来のASPとSaaSの違い
マルチテナントによって,コストメリットを最大化しながらも,個々のユーザー要求に合わせたカスタマイズが可能である点がポイント。
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 このようにASPからの進化形とも言えるSaaSは,マルチテナントによりスケールメリットを最大化しながらも,メタデータによって個別ユーザーの要求に合うようユーザー側でのカスタマイズ性を大幅に高めた点に大きなポイントがある。