仕入れ数量と販売数量を一致させる必要があるのは,あらゆる商品に共通する「商売の鉄則」だと言える。問題は,経験と勘だけでは実現するのが難しい,この商売の鉄則をいかに実現するか。「SCM(Supply Chain Management)」という考え方が注目を集めるのは,まさにその点にあると言ってよい。Part1では,SCMとは何かを解説する。

 「えー安い安いよ。3割引だよ」。夕方の6時ごろになると,デパートの食料品売り場やスーパーマーケットで鮮魚や食肉などの値引き販売が一斉に始まることは,ご存じだろう。

 こうした食料品は毎日,売れそうな数量を予想して仕入れ,その日のうちに売り切ることが必要である。しかし売り場担当者の“経験と勘”だけで,仕入れ数量と販売量を一致させるのは至難の業だ。

 時には読みを間違えて,夕方近くになっても商品がたくさん売れ残る場合もある。逆に,販売数量を少なく見積もりすぎれば,早々と売り切れて,顧客に売るべき商品がなくなってしまう。

 仕入れ数量と販売数量を一致させる必要があるのは,もちろん食料品だけではない。これは家電やパソコン,衣料品,日用雑貨といった,あらゆる商品に共通する「商売の鉄則」だと言える。

 問題は,経験と勘だけでは実現するのが難しい,この商売の鉄則をいかに実現するか。ここで紹介する「SCM(Supply Chain Management)」という考え方が注目を集めるのは,まさにその点にあると言ってよい。小売店や卸店,メーカー,部品サプライヤといったモノ(商品)の流通にかかわる企業が協力して,常に仕入れ数量と販売数量を一致させることができる仕組みを情報システムを駆使して実現することが,SCMだからである。

急増するSCMプロジェクト

 SCMについて,「ITエンジニアである自分は,名前を知っていれば十分」などと考えているエンジニアがいるかもしれない。

 だが,ちょっと待って欲しい。ITエンジニアがSCMに関する知識を深める意義は大いにある(図1)。いまやSCMには,製造業や流通業,小売業といった幅広い業種の企業がこぞって取り組んでいる。それだけにSCMに関連するITプロジェクトの数は実に多い。

図1●すべてのITエンジニアがSCM(Supply Chain Management)について知っておくべき理由
図1●すべてのITエンジニアがSCM(Supply Chain Management)について知っておくべき理由

 そればかりではない。SCMを実現するにはERP(Enterprise Resource Planning)やCRM(Customer Relationship Management),EDI(Electronic Data Interchange)といった多様な技術,製品を組み合わせる必要がある。このためSCMプロジェクトには様々な専門分野のITエンジニアの参加が欠かせない。

 仮に読者の専門がERPやCRM,Java,ネットワークなどSCMと無関係に見える分野でも,今後SCMプロジェクトに参加するよう求められる可能性は高い。その際にSCMの知識を備えているかどうかは,仕事の効率を大きく左右する。にもかかわらず,SCMを正しく理解している人は意外に少ないのが実情である。この点から見ても,SCMの基本をきちんと知ることは重要だ。

在庫削減と欠品防止を両立

 では,SCMとはいったい何なのか。一言で言えば,ERPやEDI,後述するSCP(Supply Chain Planning)などのシステム群を駆使することで,部品サプライヤからメーカー,卸店,小売店が持つ商品数を,それぞれにとって常に「最適」に保とうとする取り組みである(図2)。

図2●SCMとは,小売店の店頭で売れた分(必要な分)だけ,メーカーや卸店が素早く商品を供給できるようにする取り組みを指す概念である
図2●SCMとは,小売店の店頭で売れた分(必要な分)だけ,メーカーや卸店が素早く商品を供給できるようにする取り組みを指す概念である

 最適というあいまいな言葉が出てきたので,それをこれから説明しよう。まず小売店にとっての「最適」とは,商品が品切れしないギリギリの線まで,最少に抑えた在庫数と考えて欲しい。つまり毎日の販売数よりも,在庫数が少しだけ多い状態が,小売店にとって最適な在庫数ということになる。

 なぜなのか。小売店の在庫が過剰だと,商品を仕入れる資金の金利負担がかさむし,不良在庫の恐れもある。逆に在庫が少なすぎれば,売るべき商品がなく,販売機会をロスすることになる。目当ての商品が買えない顧客の満足も当然,下がる。だからこそ「在庫の最適化」が必要なのだ。

 一方,卸店をはじめとする他の業態の企業についても同様である。小売店からの注文に対して,品切れしない数量まで在庫を減らせれば,それが卸店にとっての最適な在庫数になる。卸店から注文を受けるメーカー,そしてメーカーから部品の注文を受ける部品サプライヤについては,注文に対して品切れしない程度に生産することが最適な状態である。

 しかし,自社の在庫数(または生産量)を常に最適に保つことは極めて難しい。小売店を例にとれば,商品が売れる数(販売数)は日によって大きく変動する。このため商品が1日にどれだけ売れるかを事前に予測することは難しく,それよりも少しだけ多い在庫数を維持することは不可能に近いというわけである。

 そして,この難しさは卸店,メーカー,部品サプライヤにとっても同じだ。卸店にとっては小売店が顧客,メーカーにとっては卸店が顧客ということになる。それぞれにとっての顧客が,どの商品をどれだけ注文してくるかを,事前につかむことは難しく,最適な在庫数(または生産量)を決めることもまた難しいのである。