上山氏写真

上山信一(うえやま・しんいち)

慶應義塾大学教授(大学院 政策・メディア研究科)。

運輸省、マッキンゼー(共同経営者)、ジョージタウン大学研究教授を経て現職。専門は行政経営。行政経営フォーラム現在、大阪市市政改革本部本部員も務める。『ミュージアムが都市を再生する』『横浜市改革エンジンフル稼働』ほか編著書多数。新刊に『だから、改革は成功する』。

※ この記事は本日(12月1日)配信した「日経BPガバメントテクノロジー・メールの連載コラム「上山信一の『続・自治体改革の突破口』」を、一部掲載用に改めて掲載したものです。
※ 筆者は大阪市市政改革本部本部員ですが本稿はあくまで筆者の個人的見解です。

 11月27日に行われた大阪市長選の結果、関淳一市長の再選が決まった。いよいよ大阪市役所の改革が本格化する。選挙の洗礼を経て、関氏は再び市民の信任を得た。これは何を意味するのか。

 第1には政権交代、つまり、市長、議会与党会派、労組の三者癒着構造の完全なる終焉(えん)である。再選前の関氏は歴代市長と同様、労組と与党に担ぎ出され、いわば旧体制を温存する守護神として出馬を要請され、市長になった。

 今回の辞職・再選プロセスでこれが断ち切られた。

 既に労使交渉の公開、市長室長の更迭、助役人事、改革マニフェストの作成過程で市長の“変節”はしだいに明らかになりつつあった。だが、選挙を経て名実ともに旧体制との訣別が確認された。

 第2には民間委員を中心に市政改革本部が作成した「改革マニフェスト」が市民の信任を得た。関市長はこれを掲げて選挙戦を戦い当選した。選挙過程で得た民意を反映しての修正はありうるものの、市役所は今後は概ね「改革マニフェスト」に沿った改革を進めることになる。

 第3には議会と労組が抜本改革を迫られる。市長は市民の信任を得て旧体制から完全に抜け出してしまった。だが議会と労組は旧体制のままだ。ともに一連の不祥事の原因の一端を担う。ところが市民に対するお詫びもなければ、説明も無い。抜本改革案を出すふうでもない。

 選挙戦では、市民は火中の栗を拾う4人の候補者全員に対し好意的だった。一方で、議員と議会への不満と不信が噴出した。公開討論会では、不明朗な政務調査費の使途への不信感が根強いとわかった。財界からは議員定数の半減の意見も出ている。

 労組に至っては、最近は市民はもとよりプレスからも無視される存在になった。選挙でも全ての候補者から絶縁状を突き付けられ、政治力を完全に喪失した。一方でヤミ専従、不当な経営・人事介入を抑止する制度が整備される。労組が人事権を握る余地は皆無になった。組合員の生活を守るという本来の組合活動への回帰は必至だ。改革は必ず痛みを伴う。職員が被る痛みを切実に代弁し、当局と市民が納得する交渉をするという「基本動作」への回帰が存亡を決する。

 労組も議会も市長にならって過去と訣別すべきだ。議会の各会派も市役所内の各組合もそれぞれが自らの組織を解体して出直すくらいの荒療治を必要とする。

■今後の課題——財界、市民、そして政府・与党も責任を果たすべき

 今後の改革における市長と職員の責任は重い。だが全国主要都市でも突出して過剰な職員数の削減など、課せられた課題はあまりにも大きい。市役所内部の努力だけでは到底変われないだろう。外部の応援と監視が不可欠だ。 第1に、財界が果たすべき役割が大きい。財界は9月末にこぞって「改革マニフェスト案」の支持を表明した。10月の関氏辞任・再立候補表明の際にもいち早く、支持を表明した。支持したからには財界も責任を負う。12月からは財界人を交えての新生「都市経営会議」が始まる。その場を通じて市政改革をガイダンスし、監視しなければならない。また、市政改革本部にも民間の人材を供給しなければならない。

 第2に政府・与党の責任が重い。政府閣僚は今まで大阪市役所を自治体の放漫経営の典型として例示に使ってきた。だが選挙で竹中総務大臣が応援演説をし、また地元でも自民・公明両党が関氏の再選を推薦した。ここまでやった以上、政府は大阪市役所を全面支援しなければならない。具体的には、時代遅れの地方公務員法、地方自治法、さらには独立行政法人関係の法令の抜本改正が必須である。大阪市役所の「改革マニフェスト」は政府が目指す自治体改革を先取りしたものだ。

 中央政府の旧態依然の制度や法律が実行の障害になるとすれば、小泉政権は自治体改革を放棄したと言われても仕方がない。

 第3には市民の責任だ。もはや「市役所は大阪から出て行け」と怒りをぶちまけているだけではすまない。市民はあまりにも市政に無関心だった。議員には利益誘導ばかり期待し、市役所の監視は地元の市民団体「見張り番」に任せてきた。だが260万人もの人口で市民の監視組織がわずか一つというのはおかしい。既存のNPOや各種団体、地域団体がそれぞれの接点において市役所の改革を厳しく監視し、意見を述べていくべきだ。

■混乱を脱して——落ち着いて改革に打ち込める環境は整った

 不祥事発覚以来の大阪市役所の改革の経緯は分かりにくい。今春には「なぜ市長は責任をとって辞めないのか」と言われた。その後は、外部の諮問委員の解任、助役の辞任、市長室長の更迭などが相次いだ。「小泉劇場」と並んで「中ノ島劇場」とも言われた。同時に「選挙でもないのになぜ市役所がマニフェストを作るのか」と言われる。やがて10月に関市長と大平助役がそろって辞任する。市長は辞めた上で再立候補すると言い出し、ますます市民は混乱した。一連の出来事をきちんとフォローできている市民は今でも少ない。

 だが今回の市長選挙は、こうした変則事態の連続と混乱に終止符を打った。市役所全体が落ち着いて改革に打ち込める環境を作った。市民は関氏に2年間の時間を託した。筆者を含む関係者は、そのことの重みを噛み締め、改革を断行していかなければならない。