山崎氏写真

山崎秀夫(やまざき・ひでお)

野村総合研究所上席研究員

野村総合研究所システムコンサルティング事業本部社会ITマネジメントコンサルティング部上席研究員。専門は情報組織論、コミュニティ・マーケティング。経営コンサルタント、ITコンサルタント、日本ナレッジマネジメント学会専務理事。主な著書に『ソーシャル・ネットワーク・マーケティング』(ソフトバンクビジネス)。会計監査院のCIO補佐官も務める。

 2005年12月から、総務省が東京都千代田区と新潟県長岡市で地域SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の実証実験をはじめます。熊本県八代市では「ごろっとやっちろ」という地域SNSを開設しています。都会では希薄になったコミュニティの再生を、地方では地域活性化のきっかけをつくり出すのが狙いです。総務省では、行政情報や災害情報などをやりとりする場としても期待しているようです。

 従来のネットワークコミュニティは、2ちゃんねるなどの電子掲示板のように、単純にネットワークを介してメッセージをやり取りするだけのものでした。自治体でも電子掲示板を設置しているところはありますが、荒らしや誹謗中傷、アジテーターの横行で、すっかり「インターネットは怖いところ」となってしまいました。SNSではこの反省に立ち、よりリアルの世界で行われている「穏やかな社交」を意識し、それをインターネット上で実現するためにはどうすればよいかを配慮しています。

 インターネットを使っているのですから、地域SNSといっても地域に住んでいる人に限定する必要はなく、地域を出て都会に暮らしている人などを介して、最初はその地域とは縁もゆかりもなかった人を、地域SNSを通じて「その地域にゆかりの人」とすることも可能でしょう。外部の人を巻き込んで交流していくうちに、地域の人は他の地域と違う、自分たちのコミュニティの特色に気づくきっかけにもなります。

■SNSは「自立的なファンクラブ」

 SNSは「ある目的の元で集まった人々の、穏やかな社交クラブを提供するためのサービス」と定義できます。技術的には、ユーザー登録、ブログ(日記)、友達リスト、コミュニティなど、既存の技術のセットにすぎません。しかし、SNSは「友だち」「親しい友だち」「それほど親しくない友だち」といった親密さの分類など、参加者の感情を考慮に入れ、同じ方向性を持つ参加者同士の穏やかなコミュニティの形成を意識しています。これをうまく使うことで、新しい形の地域の活性化ができるだろうと思っています。

 SNSといえば、ユーザー数が100万人を超え国内では最大規模であるmixi(ミクシィ)というサービスの一人勝ちに近い状態にあります。しかし、mixiはあくまでも「都会に住む若者」に特化したコミュニティとして成功したものです。mixi以外にも、企業で自社製品の顧客向けに独自のSNSを構築し、ブランドマーケティングに有効活用している事例は少なからずあります。

 ある企業で顧客をSNSに招待し、その企業や商品に対する思い入れを自由に語らせる、他のメンバーも同じように発言し、互いの発言にコメントをしあう。これを継続していくうちに顧客同士に「同じ製品に同じような思い入れを持っている」などといった信頼感や連帯感が生まれます。信頼関係に基づいたコミュニティでは、やがてリアルでの交流や、さらにはその企業や製品に関する建設的な提案も出てきます。このような洗練された顧客グループを持つことで、企業は内部的にはエバンジェリストを獲得することになり、外部的にはブランドイメージの向上を獲得することができるのです。いわば「自立的なファンクラブ」です。

■地域SNSは電子掲示板の代替品ではない

 同じことは地域を媒介とするSNSでも可能です。身元を公開し、継続的に地域の情報や、地域に対する思い入れを発信する人がいて、それにコメントを付ける人がいる。そのような交流の中からメンバー同士の信頼関係や連帯感が形成され、やがて自発的にオフ会やイベントが開かれるようになり、コミュニティが広がるきっかけができます。その中から地域に関する建設的な意見や有用な情報なども生まれてきます。

 ここで注意しなくてはならないことは、これまでも複数の自治体が住民の意見を聞くために電子掲示板などのコミュニティを作り上げていますが、地域SNSは従来の電子掲示板に置き換わる位置付けのものではないということです。

 まず、参加者層が異なります。SNSのような穏やかなコミュニティであれば、中高年層や地方の人でも書き込みの敷居は低くなります。単なる主張や要望を一方的に発するだけではなく、コメントの応酬を通じてさまざまな人との社交ができるのです。電子掲示板のような「主張」の場を求める人は一部の人に限られますが、SNSのような「社交」の場を求める人は住んでいる地域や年齢の幅を超えて広く存在すると考えています。

 交流の形態も違います。電子掲示板は、基本的には市民と職員(民間企業ならば顧客と従業員)という交流形態に基づいています。一方、地域SNSは行政が何かテーマを立てて、それについてのご意見を市民から伺う場ではありません。

 ですから、地域SNSにおいて自治体職員は、コミュニティの管理者ではなく、一個人としてメンバーとして発言したりコメントを付けて、他のメンバーと交流すべきなのです。このようにしてSNSを使えば、電子掲示板ではくみ取りにくいニーズを拾うチャンスも新たに生まれるでしょう。電子掲示板が「ご意見を拝聴する場」だとすれば、SNSは「気付きの場」と言えます。

■自治体が運営する必要はない
 ──可能なら地元企業も巻き込んで

 SNSは標準的な形ができており、その設置は比較的容易です。自治体が地域SNSを設置することも難しいことではありません。しかし、SNSは前にも言ったとおり、企業のブランドイメージを上げるツールでもあります。地域の活性化を考えるなら、例えば地方の信用金庫や地場のスーパー、CATV会社など、地域と密着している企業に働きかけて、地域SNSの運営費をブランド向上のための広告費と見て出してもらうというやり方もあるでしょう。

 地域に根ざした企業がその地域のSNSを立ち上げる。その地域に思い入れが強い複数の発言者が発言をする。その周辺にコメントが入り、これを継続することでコミュニティを生み出す。このコミュニティが実際にリアルの世界で行動を起こすことでさらにコミュニティを広げて、地域にゆかりの人を生み出してゆく。こういう動きの中で、コミュニティにスポンサー協力する地元企業と地域のブランドイメージは向上し、地域も活性化するでしょう。(談)