■ドメインは,いくらかの登録費用や毎年の維持費で使うことができる。だが,他人が持っているドメインに対して高額の対価を払って買い取る例がある。今回はこのようなドメインの取引にまつわる話題を取り上げる。



ドメイン・バブル

 1999年末,business.comが750万ドルで取引されたというニュースが配信された。これは,ドメイン取引の最高額としてギネスブックにも記載されており,ご存知の方も多いだろう。ギネスブックには,このほかの高額取引としてAsSeenOnTV.comが510万ドル,AltaVista.comが330万ドル,Wine.comが290万ドル,Autos.comが220万ドルと紹介されている。

 こうした高額取引が相次いで紹介されたこともあり,ドメインで一攫千金を狙う人が急増した。ドメイン・バブルと呼ばれていた時代である。中には成功した人がいるのかもしれないが,普通の人が普通に登録できるようなドメインにオファーが来ることは,まずない。そのようなドメインは,だれも必要としていなかったから登録されていなかったのである。もしだれかに先を越されて登録されていても,別のドメインで済ませようという程度の価値のものだからだ。

 ましてや上記のような高額取引など夢のまた夢である。現実に気づいた人はドメインを更新しなくなり,ドメインの登録数も減少していった。2002年ごろにはドメイン・バブルは崩壊した,と言われるようになった。

ビジネスになっているドメイン取引

 大きな取引に恵まれないとあきらめてしまう人がいる一方で,よいドメインに対する「需要」を理解している人々もいる。ドメイン取引をビジネスとするブローカである。しばしば皮肉をこめて「ドメイン占有屋」と呼ばれることもあるが,(本当に不法な所有でなければ)商標権や土地取引と同じようなビジネスである。

 大手のドメイン・ブローカとしてはBuyDomainsが挙げられる。BuyDomainsのWebサイトによれば,現在50万ものドメインを所有しており,だれもが欲しがるようなよいドメインも多い。例えば,WirelessLAN.comには9万8000ドルという値段が付けられている。最近ではweb20.comなどのドメインの取引が成立している(金額は公開されていないが,数万ドル相当と予想される)。

 BuyDomainsの場合には,明確にそのドメインを売り物(for sale)として掲げているが,そのように明示することなくドメイン取引をしている組織や個人もいる。こうした人々は,ドメインの獲得競争が,今ほど激しくなる前からドメインを集め続けてきたため,「早い者勝ち」したくなるドメインを多く所有しているのである。

 また,個人/組織を問わず,ドメイン取引のためのサイトがある。有名なものとしてはsedo.comやafternic.comがある。これらは,ドメイン名に限定したeBayやYahoo!オークションのようなものである。特に,Sedoは,DN Journalというドメイン名に関する情報サイトで公開された高額取引ドメインのうち,約4割(2005年実績)を占めるという人気のドメイン売買サイトである。

 また,主たる目的が売買でない組織もある。ULTSearchと呼ばれる組織は,1998年という早い時期からドメインがアクセスされる頻度を活かしたアフィリエイト・システムを構築している。このビジネスについては,回を改めて紹介するつもりだ。なお,ULTSearchは2005年2月にMoniker.comにより1億6400万ドルで買収されている。

 取得したドメインを全く転売するつもりがない人もいる。もちろん,一般企業のWebサイトに使われているドメインは転売されることがないものだが,例えばクウェートのThunayan Khalid AL-Ghanim氏(通称elequa)は,1万2000個ものドメインを所有している。これには,かつて3800万ドルのオファーを蹴ったといわれているcool.comや,今では登録することができない1文字のgTLD(i.net)が含まれている(取引価格は公表されていない)。これらはインターネット・ビジネスのブランディングに使っていくのだそうだ。

ドメイン価格を高騰させるアフィリエイト

 この記事を書いている最中に,ドメイン取引価格のギネス記録が更新されたというニュースが飛び込んできた。sex.comが1200万ドルで取引されたというのである。

 そうでなくても,このところのドメイン取引価格は,2000年頃のドメイン・バブル時代を超えそうな勢いである。例えば,前述のDN Journalの記録によれば,2004年は1万ドル以上のドメイン取引は304件だったのが2005年では621件になり,これらの取引総額も1276万ドルから2591万ドルと,いずれも倍増している。

 理由の一つとして,ドメインによるアフィリエイトの存在が挙げられる。ドメインは登録したら永久に自分のものになるわけではなく,毎年更新費用がかかる。典型的なgTLD(.comや.netなど)の場合,1個当たり7~8ドルの費用が毎年かかる。例えば,1000個のドメインを所有していれば7000~8000ドル(約90万円)の維持費が必要になるのだ。

 一方,よほどよいドメインを持っているなら別だが,そうそうドメインを高く買ってくれる人がいるわけではない(読者の中で,ドメインに何万円,何十万円とかけようと思う人がどれだけいるだろう?)。売れなければ1円にもならないものに対して,更新費を払い続けなければならないのである。

 だが,ある程度まともな意味を持つドメインなら,たまたまそれを入力してみようという気になる人もいるだろう。例えば,価格コムという有名なサイトがあるが,それではヒカクコムはどうだろうとhttp://www.hikaku.com/にアクセスしてみた人もいるのではないだろうか。

 このようなドメインには,ある程度のアクセスが常に期待できる。薬を探そうとしてdrugs.comにアクセスしたり,旅行の情報を調べようとしてtravel.comにアクセスしたりする人はたくさんいるだろう。こうしたサイトに,最近流行っているアフィリエイトを割り当てておけば,ドメインそのものがアフィリエイトによって収益をもたらしてくれる。例えば都心に所有している土地に栗の木を植えても何も収益があがらないが,コイン・パーキングにすればある程度の収益が見込めるようになるのと同じようなものだろう。  実際,ドメインによるアフィリエイトの構築は,ドメイン・ブローカの間でもホット・トピックである。中には1つのドメインだけで毎日数十ドルから数百ドルもの収益を得ているケースもあるようだ。sex.comなどは典型的な例で,アクセス数も非常に多く,アフィリエイトによる収益も相当なものだっただろう。このようなドメインを所有していたら,安価なオファーを受ける必要はない。結果として,ドメイン取引が高額化してきているというわけである。

悪意の登録

 ひとつ断っておかなければならないのは,本来ドメインは自らが使用する目的のために取得すべきであり,転売目的で取得するようなものではない。例えば,特定の組織が持つ登録商標を狙って意図的にドメインを登録したような場合は悪意とみなされる。登録商標という知的財産を同名のドメインによって脅かすという意思表示とみなされるからだ。

 例えば,JuliaRoberts.comやMorganFreeman.comなどは,登録が不正とみなされている。日本の例では,bunshun.com,bungeishunju.com(文藝春秋社)や,biccamera.com(家電量販店のビックカメラ)などがある。ビックカメラは,biccamera.comを係争によって獲得するまでbicbic.comというドメインを使っていた。また,.jpドメインではj-phone.co.jpやjaccs.co.jpが,係争の結果,それぞれ電話会社のJフォン(現ボーダフォン),カード会社(JACCS)に移管された。

 また,goo.co.jpはgoo.ne.jpに敗訴したが,これは先願主義というドメイン登録の原則が貫かれなかった例でもある。先願主義とは要するに「早い者勝ち」の原則である。例えば,テレビ朝日やアサヒビール,旭硝子など,“asahi”という名前のドメインを使いたい組織は複数あるだろう。しかし,asahi.comは朝日新聞が,asahi.co.jpは朝日放送が取得しているため,それぞれtv-asahi.co.jpやasahibeer.co.jp,agc.co.jpというドメインを使わざるを得ない。もし,asahi.comを取得した人が朝日新聞の偽のサイトや読売新聞への誘導サイトを運営していたらこれは悪意の取得(使用)とみなされるだろうが,ドメインが商標保有者と無関係の目的で使われていたら,悪意を証明しにくいのだ。goo.ne.jpのブランディングはgoo.co.jpの登録以後に行われており,この点で世界的なすう勢とは異なった判断に見える。

 係争のすべてが企業や著名者に有利な判断となっているわけではない。例えば,sting.com所有者に対するSting,JAL.com所有者に対する日本航空の訴訟では所有者側が勝利している。stingは特定の個人を指すわけではない一般名称であったためである。また,JAL.comは,所有者が移転のために5万ドルを要求したという点が「悪意」とみなされそうなものだが,所有者名が“John Andrew Lettelleir”(略してJ.A.L.)であったため正当な所有権があると認定された。現在はJAL.comを日本航空が所有しているため,対価を支払って購入したものと推測される。

 こうしたドメイン登録に関する判断は,各国の裁判所に持ち込まれることもあるが,ICANNに認定されている国際的な組織としてはWorld Intellectual Property Organization(WIPO)かNational Arbitration Forum(NAF)など4つの組織がある。各組織のWebサイト上では,過去の判例が公開されており,裁定の基準を知る上で興味深い。

悪意で登録し多額の報酬を得るサイバー・スクワッタ

 悪意でドメインを登録し,特定の企業や個人から多額の報酬を得ることを目的としているのが「サイバー・スクワッタ」である。だが,ときとして,ドメイン・ブローカと紙一重と思われることもあるように思う。

 よく,サイバー・スクワッタの例として紹介されているのがwhitehouse.comである。ホワイトハウスといえば,アメリカ大統領官邸の俗称として知られているが,その公式サイトはwhitehouse.govで運営されている。ところが,ホワイトハウスのサイトを見ようとする人は,.govではなく.comを入力してしまうことがある。ここに目を付けて,whitehouse.comでアダルト・サイトが運営されていた。whitehouse.comの所有者は,ほかにも同様のドメインをアダルト・サイトへの誘導に使っていた(現在は,アダルト・サイトではない)。

 なぜ,whitehouse.comが不正取得として取り上げられないかというと,これは「white house(白い家)」という一般的な言葉を表しているに過ぎないからである。whitehouse.comの運営者は,歌手のマドンナ(Madonna)に訴えられて,高額で購入したmadonna.comの所有権を裁定で失ったことでも知られている。madonnaは特定の個人だけを指す単語ではないはずだが,有名人の名前(歌手のマドンナ)を悪用した例とみなされたのである(この判断には首をかしげる人も多い)。

 ときどきYahoo!オークションなどで,明らかに有名商標を意図したと思われる出品があるが,これらは悪意の登録と判断されてもしかたがない。ただし,裁判や係争に持ち込む場合は,それなりの費用と労力がかかることになるので,深刻と考えられなければ,メーカーから見過ごされることもある。いずれにせよ,そのようなドメインで高額取引を期待することは不正なことなのだ。

「早い者勝ち」の原理が働く名前の衝突

 “asahi”の例でも紹介したが,業種の違う会社同士で同じ名前を使っているケースもある。IT業界でSunといえばSun Microsystemsだが,英国ではSunという名の有名な大衆紙がある。sun.co.ukはSun Microsystemsが取得しているため大衆紙の方はthesun.co.ukを使っている。また,三菱鉛筆(mpuni.co.jp)は,三菱グループ(mitsubishi.com)とは関係ない会社だ。

 大企業同士の場合は,「早い者勝ち」の原理が働くだけだが,ときどき小規模な会社の方が主要なドメインを取得している場合がある。

 例えばsharp.comは電機メーカーのシャープではなく,米国サンディエゴのSharp HealthCareという会社が使用している。fuji.comは富士写真フイルムではなくFuji Publishing Groupという会社が所有している。fuji.comの所有権について,富士フイルムはWIPOに裁定を持ち込んだが,所有者の使用に問題はないということで敗訴した。

 海外の例では,mercury.comをMercury Technologiesという会社が使用していたが,70万ドルとソフトウエアの使用権と引き換えに品質管理ソフトで知られるMercury Interactiveに譲渡された。早い者勝ち競争に負けた大きな代償を払ったわけだ。

 PC関連機器で知られる旧メルコ(現バッファロー)は,かつてmelco.co.jpではなくmelcoinc.co.jpを使っていた。melco.co.jpを三菱電機が使っていたためである。メルコはバッファローへの社名変更とともにbuffalo.jpというドメインをオフィシャル・サイトとして使うようになったが,最近三菱電機は,mitsubishielectoric.co.jpというドメインに引っ越したようだ。

ドメイン登録による一攫千金の夢と現実

 ドメインの取引事例を紹介したからといって,ドメイン登録で一攫千金を狙うことを薦めるわけではない。むしろ,逆である。株におけるインサイダ取引のように,何かしら特別な情報を知りえて(悪意で)ドメインを登録するということでもなければ,先に述べたように,空いているドメインは「だれも欲しがらないから空いている」のであって,確実な需要が見込まれるものではないからだ。そしてインサイダ取引のような,不正に入手した情報でドメインを登録することは「悪意の登録」とみなされることになる。大抵の企業は「不正な登録者に肩を貸す」ことを嫌うし,必要と思われるドメインは事前に取得していることも多い。

 最初に説明したとおり,ドメイン・ブローカと呼ばれる人々は,価値あるドメインに対して,適切に投資しているため,ビジネスとして成り立っているのである。あるいは,既に取得済みのものを売却するだけの人もいる。いずれにせよ,素人の入り込む余地はほとんどない。

 だが,どうしても欲しいドメイン,特に自分の名前に関するものや既存のブランドに関連するものについては,ほかのドメインでは代替できないものもあるだろう。こうしたドメインの入手や個人売買などについては,後日取り上げる予定だ。

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