「製品やサービスを使うユーザーの立場に立って開発しなければ、真に使用性(ユーザビリティー)の高いモノは作れない」――ものづくりやシステム開発などの現場において、こうした「ユーザー目線を持つこと」の重要性は昔から言われ続けてきた。そして実際に、多くのメーカーやベンダーが、この言葉通り少しでも使用性を高めるべく奮闘し、これまで次々と優れた製品やサービスを世の中に送り出してきた。

 だが、人間の欲求はとどまるところを知らない。蛇口をひねれば清潔な水がじゃぶじゃぶと出て、リモコンのボタンを押せば多チャンネルのハイビジョンテレビが見られ、PCを立ち上げればブロードバンドでネットに即アクセスできる。これらのことに驚く日本人は、今やほとんどいないだろう。人は、手に入れた便利なものをすぐに所与のものとして「それ以上の便利さ」を次々と求めるようになる。つまり、同じ「ユーザー目線」「使用性」といっても、昔よりも今の方が求められる水準がはるかに高いレベルにある。

 このことを強く実感したのが、先日、スマートフォンやタブレット端末といったスマートデバイス向けのアプリ、いわゆるモバイルアプリの開発現場を取材して回ったときのことだ。6月中旬から7月上旬にかけて、日経SYSTEMS2013年8月号の特集1「モバイルアプリ開発の新潮流」に関連して、ITベンダーやソフトウエアハウスを中心に30件近く取材した。

アプリの使用性への要求水準は年々厳しくなっている

 取材に行った先々で、取材相手である開発者の口からこぼれてきたのが、モバイルアプリの使用性に関して「ユーザーの要求水準が、どんどん高くなってきている」という事実と、それに応えるために「ターゲットとなるユーザー層に照準をピタリと合わせ、従来よりも精度を高めてそのユーザーと同じ目線を持つ」ことの重要性である。

 スマートデバイスが普及し始めてから、既に5年以上の年月が経過し、その間にユーザーの目はかなり“肥えて”きている。今どきのスマートデバイスユーザーは、アプリを使う際に「スクロールがもたつく」「動きがカクカクする」「タッチへの反応が遅れる」「画面遷移が分かりにくい」といった問題があると、すぐに不満をあらわにし、気に入らなければさっさと見切りを付けて、使うのを止めてしまうことさえあるという。

 そんなユーザーと同じ厳しい目線を持つには、まず何よりも開発者自身がスマートデバイスを、一人のユーザーとして徹底的に使い込まなければ始まらない。例えば、上で述べたような「スクロールがもたつく」といった問題なら、それほど使い込んでない開発者でも違和感として感じやすいため、テストで洗い出すのは比較的容易かもしれない。

 だが、「どの程度指を動かしたら、次の画面へ遷移させるか」や「長押しさせる際の時間を、どの程度に設定すればいいか」「通信環境が悪い状況でも快適に使えるようにするには、どうすればいいか」などいった部分の作りこみやチューニングに関しては、対象となる端末やOSをユーザーとして使い込んでいる開発者とそうでない開発者とでは、明らかに大きな差が付く。

 Android向け日本語入力アプリ「Simeji」の開発者である“Adamrocker”ことバイドゥのモバイルプロダクト事業部 部長の足立昌彦氏は、「iPhoneでこう作っていたからAndroidも同じだろうと考えて作ると、たいてい失敗する。Androidアプリを作るなら“本物の”Andoroidユーザーであるべき」とアドバイスする。他にも何人もの開発者から、同様のコメントをもらった。

 iPhone/iPadなど向けのiOSアプリの開発者は、おそらくiOSユーザーの目線を考えてアプリを開発したのだろう。だがそれは、別のOSであるAndroidユーザーの目線とはやはり異なる。その違いはほんのわずかかもしれないが、そのわずかな違いがそれぞれのOS向けアプリの使用性を大きく左右する。それほどまでに最近のモバイルアプリ開発は、シビアな世界になり始めているのだ。