題名を見て、米アップルの故スティーブ・ジョブズ氏に関するコラムかと思われた方が多いかもしれないが、そうではない。ただし本稿に出てくる「デザイン力」はITの仕事をされているすべての方に関係があるので、ジョブズ氏やアップルに関心があってもなくてもぜひ読んで頂きたい。

 ここまで書いて気付いたが、30年近くコンピュータ関連の記者をしてきたにも関わらず、筆者はジョブズ氏にもアップルにも縁が無かった。ジョブズ氏にインタビューしたことはないし、プレゼンテーションを観たこともない。アップル本社も日本法人も訪問したことはない。

 まったく取材をしていない上に、アップル製品とも無縁である。仕事上でも個人としても、アップルの製品を使った経験がない。「本当にないか」と数十秒考えた結果、iTunesを拙宅のパソコンにダウンロードしたことを思い出したが、ほとんど使っていない。タブレットもスマートフォンも音楽プレーヤーも持っていないので、アンチアップルという訳ではない。

 エンタープライズシステムを担当する記者だったから、アップルを取材する機会が無かった訳だが、それにしても極端であり、いまや世界最大のIT企業となったアップルと接触が皆無というのはまずい気がする。

 経営者や一般のビジネスパーソンと会合などで名刺交換し、立ち話をする時間があったら「アップルをどう見ていますか」と聞かれるかもしれない。「分かりません」と答えたら相手は鼻白むだろうし、「1回も取材したことがないので」と言ったら怪しい奴だと思われてしまう。

 とはいえ、今から少々取材したところで読者に新たな知見を届けられる自信はない。記者に成り立ての頃、「多くの記者が取材する企業にはなるべく行かない」と決めた。これは「ユーザー企業」が対象だったが解釈を変え、この方針を今も踏襲していることにする。

自由な発想で新しいものを描くには

 アップルやジョブズ氏に縁は無かったが、デザインには関心がある。これは2004年から2005年にかけて、イノベーションやマネジメント・オブ・テクノロジー(MOT)をテーマにした雑誌「日経ビズテック」を作った時からである。

 2004年に出した日経ビズテックの事実上の創刊号に、筆者は次のように書いた。


 本誌開発チームは1年あまりをかけて、企業経営者や事業責任者、技術者、MOTのコンサルタントや研究者など多数の方々と議論を重ね、「MOTの意味」「イノベーションのカギ」を追求してきた。その結論を書く。次の2点の両立がMOTである

●自由な発想で新しいものを描く「デザイン」
●多彩な人材を生かしてデザインにそった成果物をきちんと作る「マネジメント」

 これら2点は自由と規律の両立であって、簡単なことではない。経営コンサルタントのジム・コリンズ氏が指摘するように、卓越した成果を上げるためには、一見すると両立しない考えの両方を徹底追求する「ANDの才能」が求められる。

 「なにやら気合いだけは入っているようだが、1年も検討した結論がこれですか」と言われそうな文章である。ただし、筆者にとって1年あまりもITの取材から離れ、他業種のイノベーターを取材できたことは新鮮な体験であった。高揚してイノベーションを理解した気になって書いたため、こういう調子の文章になったと思われる。

 上記の一文におけるデザインとは広義の意味で、新製品や新サービスのコンセプトやブランド、あるいはビジネスモデルなどを含めている。このデザイン力は構想力といってもよく、エンタープライズシステムの仕事においても当然必要である。