「『近くのスターバックスの場所を教えてほしい』。外国人観光客からよく聞かれるんですよね」。山梨県企画県民部 世界遺産推進課の矢野久副主幹は数年前、こんな話を甲府市内のホテルの方から聞いたという。

 そのホテルから最寄りのスターバックスまではタクシーでなければ行けないほどの距離だ。それにもかかわらず、その外国人観光客はタクシーでスターバックスに向かったという。なぜか。無料で無線LAN(Wi-Fi)スポットを利用できるからだ。「無料のインターネット接続、Wi-Fiが使えるのは外国人観光客にとって非常に重要なんだな、とその時気がつきました。それからその状況を何とかしたいとずっと思っていました」(矢野副主幹)。

 間もなく世界遺産(国連教育科学文化機関=ユネスコ=の世界文化遺産)に登録される富士山。この富士山北麗の山梨県側を中心に、今後さらに増えるであろう外国人観光客を主な対象としている無料の無線LANスポットを整備する「やまなしFree Wi-Fiプロジェクト」が進んでいる。このプロジェクトのそもそもの発端を矢野氏はこのように話す。

写真1●左からNTT東日本 コンシューマ事業推進本部 ブロードバンドサービス部 担当課長の増山大史氏、NTT東日本-山梨 ビジネス営業部 担当課長の酒井大雅氏、山梨県観光部 観光振興課 主査の丸山孝氏、山梨県企画県民部 世界遺産推進課 副主幹の矢野久氏、シナプテック 代表取締役の戸田達昭氏
写真1●左からNTT東日本 コンシューマ事業推進本部 ブロードバンドサービス部 担当課長の増山大史氏、NTT東日本-山梨 ビジネス営業部 担当課長の酒井大雅氏、山梨県観光部 観光振興課 主査の丸山孝氏、山梨県企画県民部 世界遺産推進課 副主幹の矢野久氏、シナプテック 代表取締役の戸田達昭氏
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 矢野氏は「何とかしたい」という気持ちを抱きつつ、観光庁などともやり取りする中で、外国人観光客にとって無料の無線LAN接続が必須であるとの客観的な調査結果も得て、さらにその意を強くした。そして2012年1月に発足したのが「やまなしFree Wi-Fiプロジェクト」である。山梨県、NTT東日本、地元のベンチャー企業であるシナプテックなどが協働する形で進めている取り組みである(写真1)。

 既に5月末の取材時点で無線LANスポット数は670カ所。「今年中には1000カ所を超えるだろう」(同)といった規模感にまで成長しており、順風満帆なプロジェクトに見える。だが、問題がないわけではない。通信に関連する取り組みを進めていくと、どうしても地元だけでは解決できない難問が往々にして持ち上がる。

 その一つが電気通信事業法に基づいて総務省令で定められた端末の技術基準適合認定、いわゆる技適である。このプロジェクトの無線LANスポットの利用者は主に外国人観光客である。利用する端末として想定しているのはスマートフォンだ。

 無線LANに接続するには、技術基準に適合していることを証明する「技適マーク」が不可欠となる。だが、はたして外国人観光客が国内に持ち込むスマートフォンは「技適マーク」を取得したものだろうか。実はサービスの根幹にかかわる問題である。後述するが、この問題について同プロジェクトのメンバーは非常に深く認識している。

 そしてもう一つ、富士山近隣の事例だからこその問題もある。お察しの方も多いだろうが、この点に関しては最後に少しだけふれさせていただく。

 いずれにせよ、「やまなしFree Wi-Fiプロジェクト」自体は観光振興や地域活性化に無線LANスポットをうまく活用している好例である。以下で紹介していこう。