企業にとってITを活用する目的は、経営課題を改善し、業績を向上させること。企業のIT部門の存在意義も、そこにあるのは明らかだ。ところが「何が経営課題か」をIT部門がはき違えると、せっかくの努力が報われない。リコーのIT部門、IT/S本部を統括する石野普之本部長は、こんな苦い体験を振り返る。

 2011年2月、石野本部長は「日経コンピュータ」に掲載された近藤史朗社長(当時、現会長)のインタビュー記事を見て驚いた。「私から見ると、社内のIT部門はまだ出遅れています。現場の痛みをあまり知らないとも言えます。『このままでは君たちは要らない』とはっきり言いました」。
 
 「なぜ社長はこんな指摘をするのか」。石野本部長の戸惑いは当然だった。リコーのIT部門は1990年代から、事業部門に対してBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)の推進役を担い、ITを活用した業務改革で数々の成果を上げてきたからだ。

 そこで石野本部長は近藤社長と面談。そこで分かったのが、経営側がITにかける期待と、IT/S本部の課題感の「ずれ」だったという。近藤社長は、BPRにおけるIT部門の貢献を高く評価していた。ただし当時、経営において優先順位の高い課題はそれではなかった。

 当時リコーのサービス事業部門は、ネットを使った新事業に力を入れ始めていた。しかしビジネスを支えるシステム開発で手間がかかると、サービス事業の立ち上げでもたつき、競合に遅れをとりかねない。従来は事業部門が個別に外部のITベンダーに開発や運用を委託していたため、規模のメリットも生かせていなかった。IT/S部門がサポート役を積極的に担い、新事業の収益化を支援することこそが、経営側の期待だったのだ。

 これを聞いた石野本部長は奮起し、新事業の共通インフラ作りに着手。サービス事業に共通して必要となる、ユーザー認証や課金などのシステム機能も提供するクラウド基盤を整備した。現在はこの基盤上で、テレビ/Web会議やクラウドプリンティングなどの新サービスを運用している。

CIO限界説のウソ

 経営トップがIT部門に対して明確な期待を持っていたという点で、この例は恵まれていると言うべきかもしれない。「経営トップがITについて相当の見識を持ち、CIOの役割について理解しているという状況は、好運かつまれなケースなのではないか」。元ソニーCIOでガートナー ジャパンのエグゼクティブ プログラム グループ バイス プレジデントを務める長谷島眞時エグゼクティブ パートナーは、こう指摘する。

 「CEOなど経営層はITに対する理解を深めるべき、と言われる。しかしITは進化が速く、未成熟なものであり、専門外の人が十分に理解するのは難しい。その結果、経営層がITに対して関心を示すのは、残念ながらシステム障害が発生して業務遂行に支障を来したり、競合他社と比べて著しくシステムが劣っているために競争上の不利が発生したりするケースが多い、というのが現状と言わざるを得ない」