通信産業において、マーケティングとは何か。

 マーケティングという言葉を「顧客や市場を理解し、事業に反映させること」と定義すると、通信産業では、回線サービスのパッケージングとその料金プランが表現形態となる。

 もっとも、移動体通信事業では、売り上げに占める端末販売の割合が、日に日に増している。一般的な消費者の感覚として、選択対象は回線サービスよりも端末そのものという向きが少なくない。そうなると端末の調達・開発も、マーケティングの具体的な要件の一つとなる。

顧客に応えていない複雑化したプラン

 では、今の通信産業においてマーケティングは、うまく機能しているのだろうか。

 例えば回線サービスを見ると、料金プランの複雑さは相変わらずだ。また回線とプロバイダー(ISP)に分かれた契約行為の煩雑さ、サポートなど付帯サービスの加入に伴う混乱もある。移動体通信では、端末の割賦販売や番号ポータビリティーに伴う販売奨励金競争なども加わり、消費者にとって何が合理的な選択なのか、分かりにくい状態にある。

 端末だけを見ても同様だ。選択肢が多いのは歓迎すべきだが、その端末が自分たちの生活をどう変えていくのか、あるいは変えざるを得ないのか、消費者自身が自覚的に「勉強」しなければ、なかなか理解できない。そして今はフィーチャーフォンからスマートフォンへの移行期でもあり、そうした変化は案外大きい。

 もちろん、十分に考え抜かれたサービスや端末はある。このような商品を見ると、提供者側の誠意を感じる。ただ他の商品群があまりに多く、こうした商品の特長がなかなか伝わりにくいのが実情だ。

 商品群の増加は、日本の消費者の価値観が細分化されていることの裏返しでもある。しかし、皮肉なもので、結果として組み合わせが複雑化し、よい製品・サービスに出会う機会が減っている。

 消費者にとってこうした状況は好ましくない。それでも消費者が現状を渋々受け入れるのは、通信事業は基本的にサービス提供側が主導して成立する構造になっているからだ。

提供者側も多くの課題に直面

 一方で、サービス提供者側である通信事業者の状況も複雑化している。

 例えば公衆無線LANは、事実上無料という状態が定着した。もともとはスマホ普及に伴うインフラ逼迫への対応が主な目的だったが、“事実上無料”という実態は、消費者の通信サービスに対する根本的な認識を静かに変えつつあるように感じる。

 またブロードバンドインフラの整備やスマートフォンの普及は、通信サービスのコモディティー化を進めた。その結果、消費者とより密接につながる顧客接点は、既にコンテンツサービス側に移りつつある。

 結局、今の通信産業では十分マーケティングが機能していないのではないだろうか。こうした状況にどう対峙するか。なにしろそういうご相談を多く受けているという現実が、当の通信事業者が頭を悩ませている実情を示している。また世界中の通信事業者もまだ明確に解決策を見いだせていない問題でもある。

 問題の解決には、事業者のみならず規制当局の対応も必要だ。国や地域によって大小の差はあれど、通信は規制産業であり、規制当局による産業のデザインが事業の機微を決めていく。

 日本の規制当局が現状を十分に受け止め、議論を進めるのはこれからという段階にある。技術やサービス、社会の変化を踏まえ、今は産業構造の変革も含めた抜本的な検討が必要な時期ではないか。