書店のPC雑誌の棚は、スマートフォン/タブレットものに浸食され、日経LinuxをはじめとするPC系雑誌はかなり窮屈なスペースに押し込まれている。そのスマートフォン/タブレットのOSでは、LinuxをベースにしたAndroidがシェア1位であるというのは、なんとも皮肉な感じだ。

 そのAndroid勢では韓国Samsung Elecrtonics社が、シェアで飛び抜けている。米国のIT調査会社IDCが今年1月24日に発表した2012年第4四半期の世界携帯端末市場調査では、Samsung Elecrtonics社が出荷台数で首位の29%、2位の米Apple社に7.2ポイントの差を付けている。その他Android勢は5%以下で、ソニーは4位の4.5%だ。

 こうしたSamsung社の躍進と同期した1つの興味深いデータがある。Linuxカーネルへのパッチ投稿数だ。パッチとは、カーネルを改良するためのプログラム。グラフは、投稿者の企業名ごとに集計した、カーネルの各バージョンでの投稿数である。Linux Kernel Patch Statisticで公開されているデータを基に作成している。

図●Linuxカーネルへのパッチ投稿数
投稿者の企業名ごとに集計した、カーネルの各バージョンでの投稿数
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 ここでは、企業で1、2位を争う米Red Hat社と米Intel社をはじめ、自分が気になる企業だけを抜き出している。Samsung社の投稿数は、最新のバージョン3.8では2カ月間で393個にも上る。企業/団体の順位では7位に相当する(全体では9位)。同社は、2010年8月に公開されたバージョン2.6.35あたりから急激に投稿数を増やしてきている。筆者も購入した初代「GALAXY Tab」が登場した2010年11月の直前から急増したということだ。

 3.8での投稿数はすでに米IBM社をしのいでおり、投稿者は20~30人くらいいるようだ。Samsung社がAndroidに力を入れ、組織的にLinuxカーネルへの貢献度を高めてきたと見られる。Samsung社はAndroid機に使われるARMプロセッサ関連のLinux対応を推進する団体「Linaro」にも技術者を多く投入しており、そのLinaroもパッチ投稿でSamsung社と同等に増えている。

 日本のメーカーを見てみると、富士通(おそらくグループ会社を含む)が最も多い。日立製作所(同)やNTT(同)などがそれに次いでおり、エンタープライズ系のパッチ投稿は、漸減しながらもそれなりにある。一方、Android端末でSamsung社のライバルであるソニーは、2007年ころには数十件の投稿があったが、2009年12月以降、各バージョンで0~5個の間にとどまる。

 Samsung社が力を入れているとはいえ、自分も「OSが良い」という理由でGALAXY Tabを2代目まで購入したわけではない。Linuxカーネルへの貢献度と、シェア(製品の売上額)の間には何らかの因果関係がありそうだが、計算式で求められるような歴然とした関係があるわけでない。もし言えるとすれば、スマートフォン/タブレットへの力の入れ具合がカーネルへの貢献度合いに現れている、といったところだろうか。

 ただ、今後はこの差が技術的な優位の差として響いてくるのではないか。Linuxカーネルにパッチを投稿していけば、その中での発言力が増す。カーネルに取り込まれた機能の利活用も、同じAndroidを採用する他社よりも一歩リードした形になる。何より、自社の製品戦略を実現しやすい方向へとLinuxやAndroidを発展させることにつながる。

 競争に負けないためには「もっとパッチ投稿した方がいいのでは」と言いたいわけだが、技術者の個人レベルでは効果は低い。売上とのリンクが必ずしも明確ではないわけだが、Samsung社などのケースを分析して、メリットあるいは危機感を経営層にうまく伝える必要があるだろう。