UXという言葉が注目を集めている。UXとは「ユーザーエクスペリエンス」の略で、システムやサービスがユーザーにもたらす体験の総称である。「使いやすい」や「効率的」といった単純な機能性だけではなく、一歩進んで「使っていて楽しい」「気持ちいい」と感じ、「ぜひまた使ってみたい」と思わせるような体験をユーザーに与えるものだ。

 最近になってUXの重要性が広く認識されるようになったのは、Appleの大成功が大きい。一時は倒産の危機にあったAppleが、今や世界でも有数の優良企業と言われるまでに復活したのは、なんといってもそのUX重視の姿勢が世界中の人の心を捉えたことが大きいだろう。

Apple快進撃の原動力となったUX

 Apple復活のきっかけとなったiPodや快進撃の原動力となったiPhoneといった製品は、よく言われるように特にその初期にはハードウエア面について革新的な部分はほとんどなかった。技術的には、日本のメーカーならどこでも作ることが可能なレベルのものだった。それなのに、今では日本のメーカーが束になってかかってもかなわないほどの売り上げになるまでに復活したのは、異常と言えるほどのUXへのこだわりがある。

 iPhoneが登場する前のスマートフォンの動作はお世辞にも“スマート”とは言えなかった。画面のスクロールはもっさりしているし操作も直感的ではなかった。ところが、iPhoneでは指の操作にしたがってスムーズに画面が動き、さらに2本の指を使って拡大縮小が自由自在にできるなど、人間の感覚に従った直感的な操作で扱えるユーザーインタフェースを搭載。実際に使ってみた人が、「心地よい」「使うのが楽しい」「毎日使いたい」と感じたことでユーザーの生活に浸透し、瞬く間にその市場を広げていった。これこそがUXの破壊力である。

 こうしたAppleの快進撃に刺激されて、UXを重視する考えが幅広く浸透し始めている。コンシューマー向けの製品やサービスだけでなく、BtoBの製品やサービスを扱っている会社でも、開発にあたってはUXを重視するようになった。さらに最近では、社内のシステムを開発する際にもUXを考えるようになってきているようだ。コンシュマライゼーションという流れの中で、スマートフォンやタブレットなどの優れたUXでの操作に慣れたユーザーが、従来通りのユーザーインタフェースでは大きな不満を感じてしまうからだ。

 だが、いざUXを重視して開発しようとしても、何をどうしたらよいか戸惑うだろう。これまでの開発で設計してきた、いわゆるユーザーインタフェースと呼ばれる部分は、実際の製品やサービスに近い下流工程になるほど大きい。つまり、比較的目に見えやすくわかりやすい部分が多かった。

 これに対し、UXの比重は逆に開発の上流工程になるほど重要で、比重が大きくなる。「この製品やサービスでは誰のどういう課題を解決するのか?」「そのためには、何を重視するのか?」「ライバルとの決定的な違いは?」「そもそもコンセプトは?」といった思想が最も重要なのだ。それを、具体的な実際の機能セットに落とし込んでいくに従って、次第にユーザーインタフェースに重心が移っていく。つまり、UX重視の開発をするには、これまでのスタイルとは全く違う発想が必要になる。