2013年1月16日、ある新聞記事が目に止まった。フィリピンのアキノ政権が、避妊を認める「家族計画法」の施行を押し切ったという内容である。ちょうど1週間前にフィリピン出張に出ていた記者は、現地取材中に同法の話を耳にしていた。

 「フィリピンの人口ボーナスは2050年まで続く。長期的に若いIT人材を供給し続けられる」。フィリピンの日系オフショア企業の老舗であるAWSの小西彰代表取締役社長は、同国におけるオフショア開発の強みの1つをこう語る。人口ボーナスとは生産年齢人口が多い期間のことを指す。

 小西社長の話は数字からも見て取れる。2005~2010年の人口増加率はタイが0.7%、ベトナムとインドネシアが1.2%なのに対して、フィリピンは1.8%と頭一つ抜けている。その一因が人工的な避妊を禁じる法律の存在だったということらしい。背景にはカトリック教会の影響がある。同様の法律が存在するのは「世界でもバチカン市国だけだ」(小西社長)という。

 日経コンピュータ2013年2月7日号の特集記事「儲けるシステムはASEANで作る」では、ベトナム、フィリピン、ミャンマーにおける日本向けオフショア開発の先進事例を紹介した。日中関係の冷え込みなどで「チャイナプラスワン」の必要性が高まる中、ASEANにおけるオフショア開発の最新状況を報じることが狙いだ。

 冒頭で「家族計画法」の話を紹介したのには理由がある。これらの国々では既にIT人材の獲得競争が始まっている。ASEANでのオフショア開発を検討している企業も多いだろう。IT人材をどれだけ中長期的に輩出できるかは、オフショア先の選択において一つの基準になる。そう考えたからだ。とはいえ2050年は少し先の話なので、ここでは2013年現在の各国におけるIT人材の特徴を俯瞰してみたい。

日本向け人材を大学から育成

 ASEANのIT人材は、中国やインドに比べると全体的に自己主張が少なく、指示に従ってくれやすいという評価をよく耳にする。必要があれば残業もこなし、組織の調和を重視する。時には浪花節も辞さない日本型の開発に向くという。

 一方でマイナスの側面もある。いわゆる"ホウレンソウ"が苦手で、プロジェクトの進行が遅れていても報告しなかったり、わからない部分があっても自己解釈で進めてしまうといったものだ。現地に進出する日本企業は「細かいマネジメントが必要だ」と口をそろえる。

 現時点で日本向けオフショア開発の本命はベトナムだろう。理由はIT人材の日本語力にある。同国は年間4万5000人の大卒IT人材を輩出するが、大学レベルから日本との交流が盛んで日本語習得意欲も高い。

 例えば、国際協力機構(JICA)の「ハノイ工科大学IT高等教育人材育成プログラム」。日本語や日本の商習慣を理解し、日本人技術者とコミュニケーションできるベトナムIT人材を育成することを目的としている。同プログラムは2006年に始まった。第1期生の4人が創業した「リッケイソフト」はスマホやWebのアプリケーション開発を手掛けており、既に日本企業との取り引き実績もある。社名の由来は、創業メンバーが留学した立命館大学と慶應義塾大学だという。

 ベトナム企業も日本語を重視して育成を進めている。好例がベトナム最大のIT企業、FPTソフトウェアである。同社は日本向け事業を拡大するため、IT人材を現在の4000人から1万人に強化する。本施策の要となるのがFPTグループが運営する「FPT大学」だ。2006年末に設立した新しい大学だが、2013年には約9000人の新入生を迎える。「対日事業における最大の課題は日本語」(FPTコーポレーション)と、日本語教育に力を注ぐ。