あなたはなぜITエンジニアなのか、あなたの仕事上の「志」とは何か――。こんな問いに対して、即座に答えられるITエンジニアはおそらく少ないと思う。あらたまって考えたことのない、哲学的なテーマだからだ。記者が創刊以来在籍した日経SYSTEMSを離れるに当たり、最後の担当特集として執筆したのも、ずっと伝えたいと思っていたこのテーマである。

 たとえ考えたことがあっても、年を取ったり、目の前の仕事に追われていたりするうちにだんだん薄れてしまう。日ごろからITエンジニアという職業への意義や目的・目標を意識する必要がある。日々の生活の中で、こうしたことをじっくり考えたり、誰かと語り合ったりする機会は、少なくて当然と言えば当然だ。

 しかし今、あえてこれらのことを考える必要があるのではないかと思う。その理由は大きく二つ。一つはITエンジニアという仕事が、やりがいや喜びを感じられる極めて魅力的な職業であること。もう一つは、ITエンジニアである理由を改めて見つめ直し、忙しさの中でも前向きで元気な自分を作り上げられるからである。

魅力が多いITエンジニアという職業

 まず一つ目の「極めて魅力的な職業」について考えてみたい。

 情報処理推進機構(IPA)の人材担当理事は、「ITエンジニアという職業は、他の業種・職種にはない魅力がある」と話す。苦労やつらさはあっても、それを乗り越えたときに得られる、大きな喜びややりがいがあるという。

 別のキャリアコンサルタントは、具体的に三つの魅力があるという。一つは「仕事の貢献度が極めて高いこと」。二つ目は「誰でも第一線で活躍できるチャンスがあること」。三つ目は「新たな価値を生み出せること」――である。

 ITが生活・社会・企業のインフラになっている今、それを支えているという使命感や充実感は、ITエンジニアでなければ得られない。これが一つ目の魅力だ。また、ひと口にITエンジニアといっても、その職種や専門分野は多岐にわたる。多様性が求められるだけに、活躍できるチャンスにあふれているのが二つ目の魅力だ。さらに三つ目は、周りをあっと驚かすような価値を、他の業種・職種ではそう簡単に生み出せないという点である。

「志」がやりがいや喜びをもたらす

 本来は、こうした魅力ある仕事に情熱を燃やせるはずである。ところが多忙が続くと精神的・体力的に疲れが溜まる。また、歴史の短い業界なだけに、将来のキャリアを考えると不安が出てくることも少なくない。こうなると、ITエンジニアという仕事を通じてやりがいや喜びを得るのが難しくなる。

 そこで重要となるのが、「志」だ。ここでいう志とは、長期にわたる信念や目標・目的のことで、それによって多くの人を幸せにするものである。志を持つと、目の前の仕事の先を見るようになり、確実に成長できる。元気で前向きな自分を作り出すこともできる。

 難しいのは、何を志とするかだろう。人によってやりがいや喜びの感じ方は違う。志は一様ではない。経験や年齢によっても志は変わってくる。

 そこで記者は、業界を代表するトップITエンジニアの志を取材して回った。具体的に挙がったのが、トップITエンジニア7人の以下の志である。

  • ITで世界を変えたい
  • みんなと達成感を味わいたい
  • どこでも通用する私でありたい
  • 多くの人の助けになりたい
  • 最新技術に挑戦し続けたい
  • プロジェクトで自分を高めたい
  • 価値あるアーキテクチャーを生み出したい

 いずれの方も、とにかく元気で前向きだ。多忙なはずなのに、それを多忙と感じない。むしろ自分に与えられたチャンスと捉えている。そして、活躍する舞台がどんどん大きくなる。そのため多くの人が彼らのもとに集まり、協力する。

「好きなこと」の延長線に志がある

 ではどうやって自分だけの志を作るのか。ある人材コンサルタントに話を聞くと、志の多くは子供のころから好きだったことがベースになるという。技術を追究すること、人と接すること、何かを描くこと。さらに言えば、褒められること、感謝されること――。こうした昔からある感覚が、志のベースになると説明する。

 魅力の一つとして先に触れたが、ITエンジニアにはさまざまな職種や専門分野があることから、昔から好きだったことを実現できるチャンスがあるといえる。好きだったことの延長線上にある役割が、ITエンジニアの仕事という中でどこかに必ずあるわけだ。それらを明文化すれば、それが自分自身の「志」になる。

 新しい年を迎えるに当たり、志を考えてみてはどうだろうか。かつて私も、あるとき「あなたはなぜ書くのか」と聞かれて言葉に詰まったことがある。そのときは「読者の役に立ちたい」と簡単に答えたが、そんなのは偽善者だと一蹴された。

 志は野望とは違うが、おそらく自分ならではの唯一の喜びも含まなければならなかったのかもしれない。志とはそれほど奥深く、難しいものだと感じた。他人からすれば、きれい言や絵空事になる可能性がある。それでも仕事を楽しみ、成長を続けるには志を持つ必要があるのだろう。

 恥ずかしながら、私はその後明確な志を考える機会はなかった。しかし人生の大半を占める仕事の中で、やりがいや喜びは多いにこしたことはない。記事を通じて、皆さんと一緒に私も「志」についてじっくり考えてみたいと思う。