アイ・ティ・アール(ITR)が2012年10月に実施した調査によると、国内企業のIT投資は2012年度実績と2013年度の計画ともに低成長が続く見通しという。

 一方で、企業の経営層がIT投資の質的向上を強く求めているという話もよく聞く。「収益に貢献するIT投資を立案してほしい」「もっと事業に直結するIT化を進めるべきだ」──。経営層からこんな要求を受けているシステム部長は多いだろう。

 IT投資を事業に直結するような内容や質に変えていくなら、「事業部門などシステムユーザーからの要望を忠実にIT化する」というシステム部門の役割は変わらざるを得なくなる。矛盾に聞こえるかもしれないが、事業に貢献し現場に重宝される情報システムは、ユーザーの要望を叶える取り組みから作ることが難しい。事業部門に入り込み、ユーザーが自覚できていなかった課題を掘り起こしたり、ユーザーの期待を超えるようなITの活用方法を提案したりするスキルが必要になるのだ。

 こうしたスキルは、ITを活用して業務を大きく改革したり、事業に革新(イノベーション)を起こしたりするための方法論として、体系化が進みつつある。習熟度などで成果にばらつきがあるにせよ、一般的なIT技術者が学んで実践できるものだ。正確に言うと、事業部門と一緒に改革やイノベーションに取り組む際に、作業を適切に導くファシリテーターとなる技術を習得できる。

「未来のATM」はユーザーに優しい

 ユーザーの言うままに情報システムを作るのでなく、まずユーザーが自覚していない課題を掘り起こす。この課題の解決方法を考え、これをシステムに対する真の要求条件と捉えて仕様を考えていく。この考え方は、企業内のシステムユーザーだけでなく、企業の製品やサービスを利用するエンドユーザーが対象になる場合にも有効である。

 好例が、デザインコンサルティング会社の米IDEOがスペイン銀行大手であるBBVAの依頼を受けて2009年に開発したATM(現金自動預払機)だ(写真1)。通常は壁に面して置かれる装置本体が90度向きを変え、横付けで設置されている。画面はタッチパネル式で、払い出す紙幣のイメージをCG(コンピュータ・グラフィクス)動画で描画したり、暗証番号を打ち込む際などに画面に人が現れて案内したりする機能を備える。

写真1●米IDEOが開発したATM
視界の右側に順番待ちの行列が入るように、ATMのきょう体を壁に横付けして設置した(右)。画面上にCGで描いた紙幣が下方に流れていくと、実際に同じ内訳の紙幣が払い出し用の口から現れる(左)
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写真1●米IDEOが開発したATM
写真1●米IDEOが開発したATM

 少し奇抜で洗練されたデザインや華やかなCGが目を引くが、先進性を演出するのが狙いではない。これらの機能はすべて、ATM利用者が抱いていた小さな不満や不快さを掘り起こし、これを解消するために開発したものだ。

 皆さんは、壁に向かって設置されている一般的なATMの画面を操作しているとき、背後からのぞかれるような不安を感じたことはないだろうか。ATMを壁面と平行になるように設置したのは、この不安感に対する解決策である。利用者が壁に対して横向きになるようにATMを置けば、通路側に仕切りを設けることで、暗証番号などを打ち込む手元が隠れる。また順番待ちの列など通路側が視界に入るため、心理的な安心感が得られる。「治安の悪い場所なら、背後から強盗に襲われる不安感も解消できる」(IDEO Tokyoのサンジン・リャン代表)という。