携帯しやすく、立ったまますぐ使える、といった利点を持つスマートデバイス。既に多くのビジネスパーソンが自分の仕事に役立てている。調査会社のICT総研によると、国内における2012年度の出荷台数予測は3087万台に達する。これはPCの2倍超に当たる数字だ。2013年度以降もスマートデバイスの出荷は増え続け、2015年度の出荷台数予測はPCの約2.7倍に当たる4015万台になるという。

 PCよりスマートデバイスが増えるなら、B2CのWebサイトをスマートデバイス優先で開発するべき――。これは、米eBayや米Yahoo!を経て、現在は米Input FactoryのCEOを務めるユーザビリティーエンジニアのLuke Wroblewski氏が2009年に提唱した「モバイルファースト」という概念。同氏を2012年夏に日本に招へいし、セミナーを開催した菊池聡氏(ウェブディレクションズイースト CEO)によると、現在では米Appleや米Amazon.com、米Dellなど多くのB2CのWebサイトがモバイルファーストの考え方にのっとって作られているという。

 企業が業務端末として試用した上で、スマートデバイスの大量導入に踏み切るケースも相次いでいる。例えば日本通運はiPadを試用・評価した上で活用を決断、2012年11月に運用を始めた業務アプリの稼働プラットフォームとして約660台を導入した。その業務アプリは、引っ越しの見積もりの現場で家具などの量を入力すると、引っ越し作業に必要な車両の大きさや台数、作業員の人数、梱包資材などを割り出し、費用を自動的に算出するもの。開発を担当した中村聖氏(IT推進部)は、客先で行う見積もり業務はノートPCでは適用が難しく、これまでシステム化できなかったという。

システム開発におけるモバイルファースト

 ITエンジニアには、スマートデバイスの活用によってこうした業務変革を提案し、主体的に推進することが求められている。といっても、既存の業務システムを手直しして、スマートデバイスからでも使えるようにするという話ではない。「業務システムの主力端末はPC」という発想から抜け出し、その上で新しい特性を持つスマートデバイスをこれからの主力端末と位置づけ、PC端末では考えられなかった業務変革を起こすことだ。新たな業務変革を起こす道具として、PC端末よりスマートデバイスを第一に考えることから、この取り組みは「システム開発におけるモバイルファースト」と位置づけられる。

 モバイルファーストによるシステム開発を実践する際は、UIだけを先行して設計するなど、システム開発のやり方を変える必要が生じる。これは、日経SYSTEMS 12月号(10月26日発売予定)の特集記事「これからの開発はモバイルファーストだ」を担当し、いくつもの事例を取材して分かったことだ。

 UIを先行して設計するのは、スマートデバイス用アプリの「操作性」に対する要求レベルが高いからである。スマートデバイスを使いなれたユーザーは、その上で動く業務アプリにもOSや標準アプリと同等の「洗練された高い操作性」を求める。このため、ユーザーテストにおいて仕様変更の要求が噴出しやすい。UI設計を要件定義フェーズに前倒しすれば、こうした後工程での手戻りが起こりにくくなる。

業務フロー、機能要件、データ項目と表裏一体の「UI」

 要件定義フェーズでUI設計を行うことは、業務フロー、機能要件、データ項目などと並行してUIを決めることを意味する。実現不可能なことのように思えるかもしれないが、そんなことはない。

 そもそもUIは、業務フロー、機能要件、データ項目などと表裏一体である。UIの画面遷移図は詳細なユースケースであり、メニューボタンは機能を表し、データ項目は画面上の入力欄/出力欄である。こう考えれば、画面プロトタイプを作ってユーザーレビューを受けることは、業務フロー、機能要件、データ項目の仮説を立て、それらをユーザーにレビューしてもらうことに等しい。つまり、画面プロトタイピングによって要件定義を実施すると考えればいいのである。

 例えば日本通運のケースでは、従来の引っ越し見積もり業務を調査した上でiPadの業務アプリを使った新しい業務フローを設計し、業務アプリの機能やデータ項目を割り出した。従来の見積もり業務で使っていた手書きの専用シートを調べることで、必要な機能やデータ項目が分かったので、画面プロトタイプの作成は難しくなかったという。こうして画面プロトタイプを作成した上で、ユーザーを集めたテストを行った。そしてユーザーテストで明らかになった課題に対策を講じたことにより、「設計や実装のフェーズで手戻りが発生することはなかった」(中村氏)という。