「叱れない上司」が増えている――。やや古いデータになるが、人事コンサルティング会社のリクルートマネジメントソリューションズが2010年に管理職を対象に実施した調査によると、「部下に対して十分にできていないことで、今後改善したいこと」として、最も多かったのが「効果的に叱る」こと。200人の回答者の45.5%が挙げたという。

 同社の藤江嘉彦主任研究員は「若手社員に多い“草食タイプ”は、叱られ下手。過剰に落ち込んでしまうので上司も叱りにくい」と分析する。パワハラが社会的な問題になっている今日、きつく叱ることに二の足を踏む管理職が増えるのも仕方のないことなのかもしれない。

 日経情報ストラテジー12月号の「叱って育てる、褒めて伸ばす 指導スタイルを決める」という特集記事では、叱るか褒めるか、どちらかに軸足を置きながら、部下への指導スタイルを確立したリーダーたちに話を聞いた。叱りタイプの上司を代表するキヤノン電子の酒巻久代表取締役社長は「叱るのは疲れるもの。『どうせ自分はそのうちいなくなるから』と思えばニコニコしている方が楽」と本音を漏らす。それでも叱るのは、社長として上司として、会社を伸ばし部下を育てる責任感からだと言う。

 職場のコミュニケーションに詳しい話し方研究所の福田健会長は、「叱ることが面倒で『まあいいや』とか『あいつもいつか気づくだろう』とごまかしてしまうのは一番間違った考え方。自分のことは自分では気づかない。言うべきことを言うのは上に立つ人の大事な役割なのに、自己弁護して避ける人が多すぎる」と指摘する。

 とはいえ下手に叱ると、部下の不公平感を助長する恐れもある。一般社団法人日本能率協会の村橋健司経営・人材ユニット長は、「部下が上司に対して、『自分もできていないのに部下ができないと叱る』『私ばかり叱られて、他の部下は叱られない』と思うと、不満が募りチームワークを損なってしまう」と話す。

“刺し合い会議”で公平に叱り合う

 こうした課題をユニークな方法で解決しようとしているのが、首都圏で16店舗を展開する外食企業のHUGE(ヒュージ)。各店舗では毎月、アルバイトを含めた全スタッフが参加する「店舗経営会議」を開く。その中でスタッフ同士が仕事で至らなかった点を指摘し合うパートがある。通称“刺し合い会議”だ。

 実際に会議の模様を見学した。どんな“刺し合い”が行われたかは記事に詳しく記したが、印象に残ったのは、参加者が叱ることを“役割”としてこなしていたことだ。この場は問題を抽出し、反省を促すためのもの。衆人監視だから私怨が入り込む余地は無い。変なことで叱ると自分が恥をかく。普段から同僚の仕事ぶりをしっかり観察して、客観的に問題点を見定めなくてはならない。

 発案者である新川義弘社長は、刺し合い会議を「成長のための仕組み」と位置づける。長い経験を積み、店舗や従業員の課題を的確に見定める目を持つ新川社長だが、「自分だけが叱っていては会社は大きくならない」と言う。現場で働くスタッフが、「どうすればもっといい店になるか」を常に考え、問題点を自ら見つけなくてはいけない。それを気後れ無くはっきりと口に出せる場として、刺し合い会議を作った。新川社長自身も会議に参加し、「もっと刺せ」と発破をかける。

 同じようなことを自分の職場でやってみたら・・・と思うとかなり背筋は寒くなる。それでも、嫌なことから目を背け、なあなあになりがちな自分に喝を入れるうえでは、トライすべきなのかもしれない。腹痛になりそうだが。