「やっぱりクラウドビジネスは、儲からないことが分かった」。あるクラウドビジネス・セミナーに参加した中小IT企業の経営者が先日、こう感想をもらして安堵していた。おそらく多くのIT企業経営者がクラウドの台頭に不安を感じ、その対応に悩んでいることだろう。技術力不足や資金不足、人材不足から、「今のままを続けたい」と思っている経営者は少なくない。そんな思いが冒頭の発言に表れている。

 このセミナーの参加者がアプリケーションソフトベンダーの経営者なら、「安価なクラウドアプリケーションを、いったい何本売れば収益に貢献するのか」と考えるだろう。その帰結として、「ライセンス販売と保守を維持したい」と思うのは当然のことだ。受託ソフト開発会社なら「下請けのままで、人月商売を続けたい」と思っているかもしれない。リスクを負って新技術に投資しても回収する手立てがなく、技術力もなく、顧客開拓する営業力が欠けているなら、そういう考え方になりやすい。

 確かに講演内容からは、クラウドビジネスがすぐに収益につながるような印象を受けなかった。

新興勢力の台頭、異業種からの参入

 だが、クラウド化は急速に進展している。顧客ニーズも高まってきており、新興勢力が既存のIT企業の事業領域を侵し始めている。大手ITベンダーが手がけるような情報システムを、中小IT企業がパブリッククラウドを活用して、安価な料金でサービス提供し始めているし、数百万円したアプリケーションを月額数千円で提供するIT企業もある。物流会社や通販会社などの異業種も、クラウドサービス市場に参入してきた。

 IT産業の構造変革は間違いなく起きており、プレーヤーの交代も予感させる。あるクラウドベンダーの経営者は、「業務アプリケーションを10万円程度で開発する時代になる」と予想する。大きなパッケージを使って一気にシステムを構築するのではなく、安価でシンプルなアプリケーションを組み合わせ、段階的にシステムを作り上げていくということだろう。

 そんな中でIT企業は、既存市場を守ろうとするあまり、「ユーザーはセキュリティを懸念している」「ユーザーにとって、それほど安くならない」などと、クラウドサービス活用に否定的な意見を述べたてている。中小IT企業も「そんな料金では事業が成り立たない」と悲観的な見方をする。

 だが、従来通りの方法を継続していたら、淘汰されてしまうだけ。発想を変えることが必要だ。開発手法を見直す、標準化をする、自らクラウド基盤を用意し、複数のアプリを組み合わせて提供するなど、人材育成すれば、いろんな道が開けてくるはずである。

クラウドの成功者は黙して語らず

 実は、今「沈黙しているIT企業」はクラウド市場で先行利益を得ようとしている。あるクラウドベンダーは、早急に大量のユーザーを獲得するための作戦を展開中だ。安価なサービスでも、利用者が数万人、数十万人になれば、ビジネスチャンスが広がるからである。こうしたIT企業は、顧客が増え、サービスメニューが増え、売り上げがどんどん積み上がっていく自社の将来の姿が見えている。

 それでも中小IT企業の経営者は「儲からない」と言って、クラウドビジネスを諦めるのか。クラウドは一つの試金石であって、新しい技術はどんどん出てくる。「コスト削減で、今をしのげればいい」と考えていたら、未来は開けない。手を打たなければ、じり貧になり、売り上げは数年で半分になってしまうかもしれない。

 そんな経営状況で、次の経営者にバトンを渡せるのか。オーナーの経営者だって必ず交代する。自分の代で事業をやめようと思っているのなら、一日も早く交代することを勧める。中小IT企業の経営者は成長の機会を探し出し、チャレンジすることだ。