程度や状況の差こそあれ、契約した顧客企業から大きな期待を受けるのはうれしい。顧客のシステム構築に携わるSE(システムエンジニア)やIT営業ならば、普通に抱く感情だろう。うれしい感情が、「期待に応えて、顧客を満足させたい」といった仕事のモチベーションにもつながる。

 しかし、顧客満足度を高める上で、顧客からの期待が過剰に高まっている状態は危険だ。IT営業のコンサルタントなどに携わるネットコマースの斎藤昌義氏は「顧客の期待値をあらかじめ下げることこそ、IT営業の仕事だ」と断言する。

 もちろん、競合他社と競っている商談の過程で、後ろ向きの提案しかできないITベンダーに勝ち目はない。つまり、IT営業には、商談の進ちょくや受注の可能性を考えながら、上手に顧客の期待値を制御する手腕が問われるのだ。

期待との落差が満足度を決める

 顧客の期待を下げておくのは、顧客の満足度がシステムに対する事前の期待値と最終的な結果との落差に大きく左右されるからだ。

 「システム導入によって、1000万円のコスト削減効果が見込めます」「パッケージを活用することで半年でシステム導入が可能です」――。このように顧客に説明したシステムの導入効果が、実際には800万円のコスト削減にとどまり、導入期間が8カ月に延びれば、どうしても顧客の心証にはマイナスに働く。

 顧客にとっては500万円のコスト削減、1年での導入で一応のメリットが得られるのに、IT営業のがんばりで顧客の期待が膨らむと、現実とのギャップが「見込みが甘いITベンダー」といった印象を生んでしまう。逆に「600万円のコスト削減が見込め、1年未満で導入できる」と、顧客が納得できる範囲のぎりぎりまで期待を下げられれば、「うれしい誤算」が顧客の満足度向上に働く。

 SEならシステム導入の達成目標を高める努力はしてもいいが、これはIT営業がすべき仕事ではない。営業が取るべき行動は高い目標の設定でなく、まず自社で手堅く達成できる最低目標を正しく把握することだ。その上で顧客が達成したい目標も把握し、顧客を適切な期待値に導く。むやみに期待を下げる必要はない。一つの目安は「達成できる目標に対し、1~2割だけ低い期待値に導くこと」(ネットコマースの斎藤氏)だという。

ネガティブ情報で信頼を得る

 競合他社がいる進行中の商談で、顧客の期待値を下げる営業活動は実のところ難しい。まずは、自社が可能なことに正直になり、受注が欲しいがための安請け負いなどをしないという姿勢が必要になる。

 顧客企業の担当者に、自社の提案の欠点や自社では対応できない点など、過剰な期待を抑制するためのネガティブ情報を伝えることも重要だ。上手な方法は「積極的な提案の中に多少のネガティブ情報を挟むこと」(斎藤氏)だ。そうすれば、ネガティブ情報はマイナスどころか、顧客の信頼を引き寄せる効果すらある。

 なぜなら、自社の強みばかりを強調する積極的な説明に対して、人間は心理的に「そのままは受け取れないな」と警戒心を抱き、慎重に話を聞こうとするからだ。一方、積極的なセールストークに欠点や注意点などネガティブな情報が加わると、人間は「包み隠さず、正確な情報を伝えてくれている」と感じ、話し手に対する信頼感が増す傾向がある。

 顧客にとって未知の分野や新しい分野は、期待値をコントロールしやすい傾向があるという点も活用できる。例えば、販売など大量のデータ分析に初めて取り組む企業は、どの程度のシステム導入効果が適正といえるのか、あまり詳しくないだろう。ITベンダー側から伝える情報により、顧客の期待を適正に導きやすいといえる。

 顧客の期待値を適正に保ち、これに応え続けることが顧客の満足を生み、信頼につながる。ユーザー企業との継続的な関係維持のため、改めて満足の仕組みを科学してみてはいかがだろう。