シスメックスのソリューションセンター内にある絵本コーナー
シスメックスのソリューションセンター内にある絵本コーナー
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 まずは写真をご覧いただきたい。書棚にずらっと絵本が並んでいることが分かる。書店の絵本コーナーのようだが、そうではない。実は医療用検査機器大手、シスメックスのソリューションセンター(神戸市)内の光景である。これらの絵本はすべて同社が医師の協力を受けて製作したもので、病院に来る患者向けに病気などの知識を分かりやすく解説している。

 同社の矢野誠カスタマーサポート本部長に「1冊いかがですか」と持ちかけられ、筆者は手近な1冊を手に取った。なるほど、内容こそ専門的だが、可愛らしいイラストが豊富で、見た目には1000円以上する市販の絵本と比べても遜色ない。

 これらの絵本は非売品で、顧客である医療機関から要望を受けた際に提供しているという。本で生計を立てている筆者は冷や汗をかいてしまう話だが、シスメックスは顧客との信頼を築くために必要な投資ととらえているのだ。

 実は多くの医療機関にとって、患者を待たせる時間が悩みの種になっているという。待ち時間をできるだけ快適に過ごしてもらう工夫はあればあるほど嬉しいという状況にある。そこでこれらの絵本が役に立つ。待合室に置いておけば、子供が退屈するまでの時間を引き延ばす効果が期待できる。

 もちろん絵本を配布したからといって、シスメックスの検査機器や検査用試薬の販売に直ちに結びつくわけではない。しかし遠回りのようでも、顧客の悩み事を解決する支援をして、信頼関係を強めておくことが、結果として後の収益につながると同社はみている。事実、シスメックスは2012年3月期に11期連続増収増益を達成した。景気低迷と言われ続けた2000年代をものともせず成長し続けてきたわけだ。

検査機器から取得したデータで業務改善を提案

 顧客との信頼関係を築く手段は、もちろん絵本だけではない。シスメックスはIT(情報技術)も積極的に活用している。その一例は、検査機器を利用する顧客の人材配置を最適化する提案だ。「水曜日の13時に検査室のスタッフを増員してはいかがでしょうか。患者さんの待ち時間を短縮できます」といった具合である。

 このような提案ができるのは、同社が「SNCS(シスメックス・ネットワーク・コミュニケーション・システムズ)」というシステムを運用しているため。検査機器とシスメックス側の情報システムをネット経由で接続し、検査回数などのデータを取得。シスメックス側で分析している。これにより水曜日の13時に検査機器がフル稼働しているといった状況を把握できる。そこからスタッフの増員などを提案するわけだ。このような顧客の業務効率を高める提案も、顧客との信頼関係を強める武器となる。

 絵本を配布したり、人材配置の見直しを提案したりといったシスメックスの施策は、本来の売り物である検査機器とはかけ離れているようにも映る。しかし、顧客の悩み事を解決して信頼関係を築くためのプロセスとみれば、IT業界でおなじみのソリューション営業と同じだ。意外かもしれないが、決して奇抜な手法ではない。シスメックスの取り組みに見習うべきところは多い。

 不景気と言われて久しいが、シスメックスのように業績面で健闘している国内企業は意外なほど多い。売上高300億円以上という相応の規模を持つ上場企業に限っても、2011年度までに2期以上連続で増収増益を達成した企業は数百社ある。単なるコストカットではなく、顧客を増やして売り上げを伸ばしていることがうかがえる。これらの企業がどのように顧客を増やしているのかを注意深く観察すれば、あなたの現場にも取り入れがいのある発想が幾つも見つかるはずだ。