最近、米IBMの幹部が盛んに「IT市場が大きく変わる」と言うようになった。そのココロは「ユーザー企業の中でCIOよりCMOのほうが、よりITに金を使うようになる」ということらしい。この話自体はそれほど目新しくないが、IBMが言い始めた意味は大きい。特にIBM同様にトラディショナルな日本のITベンダーにとっては、かなり怖い話だ。

 CMOとは「チーフ・マーケティング・オフィサー」の略称で、企業におけるマーケティングを統括する役員のことだ。そして、IBMが上記のように言うのは、CIO以上にCMOを顧客ターゲットに据えたことを意味する。今後、ユーザー企業でIT関連の大きなお財布を持つ人はCMOになるから、そのお財布を狙おうというわけだ。

 マーケティングを広告・宣伝・セールスといった狭義の意味に捉える人も多いが、CMOの多くはもっと広義に、市場創造というマーケティング本来の役割を担う。つまり、市場に投入すべき新商品の企画はもちろん、市場そのものを創り出す新規ビジネスの立ち上げにまで責任を持つケースもある。言うならばCIOがコスト削減の人なら、CMOは新たな売り上げを創る人なのだ。

 こう書くと、「ちょっと待て、CMOなんて役職はあまり聞かないぞ」という声も聞こえてきそうだ。その通り。CMOという経営機能は、企業にとって極めて重要であるため経営トップのCEOがその役割を担うケースも多い。横文字やアルファベットの役職のない日本企業で言えば、新商品開発や新市場開拓を社長直属とするといった形だ。

 ITベンダーにとって「CIOからCMOへ」がいかに大きな意味を持つかお分かりいただけただろうか。ユーザー企業のIT投資の主軸がバックオフィス業務から、お金を稼ぐフロント業務に移りつつあることを端的に示すのが、「CIOからCMOへ」である。しかも単なる言葉の言い換えではない。ITベンダーにとってのお客さんが勝手知ったる人から未知の人に代わるということだ。

 こうした傾向は今に始まったことではない。1995年頃からe-コマースやWebマーケティングなどの形で取り組まれてきた。最初は一部のマーケッターだけの試みだったが、やがてIT活用はマーケティングの主要テーマとなり、e-コマースの隆盛やソーシャルメディアの勃興などにより、今やIT活用による市場創造は多くのユーザー企業にとって重要な経営課題となった。ビッグデータ活用はその端的な例だ。

 さて、ITベンダーにとって問題は、大事なお客さんであるCIOや情報システム部門が、こうした流れにほとんど対応できていないということだ。マーケティングのためのITソリューションをきちんと提供できている情報システム部門はほんのわずかだ。多くのユーザー企業では、マーケティング部門が情報システム部門に依存することなく、ネット企業のサービスなどを活用して、独自の取り組みを行ってきた。

 さて、IBMがCMOを主要な顧客ターゲットに据えた理由は何か。もちろん、CIOや情報システム部門を見捨てるわけではないだろうが、その役割がバックヤード業務の殻を破れない限り、彼らの財布は確実に痩せ細る。ならば、ネット企業やネットベンチャーに気前良くお金を出しているCMOの財布を狙おう、ということだろう。

 ただCMOやマーケッターは技術の詳細を知らないし、知りたくもない。そのため従来のIBMならCIOや情報システム部門を相手に商売するしかなかった。車を運転したいだけの人に「すごいエンジンを買いませんか」と言っても相手にされるわけもなく、エンジンなどを買って車を組み立てられる人に売るしかなかったからだ。

 そのIBMも最近、クラウドサービスやビッグデータ活用ソリューションなどの“車”を提供し始めた。ITの素人であるCMOやマーケッター、あるいはCEOに直接商売をする道具立てを整えたわけだ。これで、自らの市場はシュリンクするどころか拡大する。IBMはそう考えているだろう。なんせ大企業に加え、情報システム部門が弱い中堅・中小の企業もターゲットにできるわけだから。

 で、日本のITベンダーの場合はどうか。既存のSIや受託ソフト開発にしがみついていては、お先真っ暗だ。既にIT産業の“本家”としての地位を、ネット企業などに奪われて久しいが、このまま行くとそれだけでは済まないだろう。お仲間だと思っていたIBMまでがあちらの世界に行ってしまうのだから、その意味を深く考えたほうがよいと思う。