雨季が目前に迫った5月中旬のヤンゴン(ミャンマーの旧首都)。気温は37度で、外を歩いていると東南アジアならではの湿った空気が肌にまとわりつく。取材に向かうために乗ったボロボロのタクシーには、壊れたクーラーしか付いていなかった。窓を開けても、ホコリっぽい熱風が入ってくるだけで、ほぼ蒸し風呂状態。全身から汗が噴き出した。

 タクシーはマツダ製の中古車。「日本人か? これは何年前に製造された日本車か分かるか?」、ミャンマー人の運転手が笑いながら聞く。「20年前くらいかな?」と返すと、運転手はさらに大笑い。「作られたのは36年前だ。さすが日本車は長持ちするな」と彼は答えた。

 筆者は日経コンピュータ6月7日号の特集記事「ミャンマーでオフショア開発」の取材のため、ミャンマーのヤンゴンに一週間滞在した。出張前に、ミャンマーでは日本の中古車が大人気と聞いていたが、まさか、ここまで古い中古の日本車がヤンゴンを走っているとは思わなかった。周りを見渡すと、ほかの車はどれも古さは同じくらい。30年以上前に製造された車が走っているのは、ヤンゴンでは珍しくないのかもしれない。

期待は高まれど、インフラは脆弱

 ミャンマーは現在、「アジア最後のフロンティア」と世界中から注目を集めている。出張に出た2012年春ごろは、日本でも毎日のようにミャンマーについて報道されていた。

 ただ、実際に現地を訪れてみると、高まり続けるミャンマーへの期待とは裏腹に、足元の厳しい現実に驚かされることも多かった。極めて古い車や空調のないタクシーはともかく、頻繁に停電が発生する電力事情や、接続がよく切れてスピードも遅いネット通信、ローミングで利用できる海外の携帯電話がほとんどないなど、インフラの脆弱性はビジネスをする上で深刻だ。報道のとおり、この国の将来性と潜在能力は確かに大きいが、その果実を得るまでには、かなりの辛抱が必要だと改めて感じた。

 商社や小売りなど様々な業界の日本企業がミャンマー進出を表明しているが、日系IT企業もまずは開発拠点として着目している。具体的には、2008年に日系IT企業としては最も早く開発拠点を作った第一コンピュータリソース(DCR)や、2009年ごろに提携先の現地IT大手を通じオフショア開発を本格的に始めた大和総研が先行する。民主政治への移行と経済開放路線で注目度が急激に上がってきた2011年以降には、ITベンチャーから大手まで、日系IT企業がミャンマーでのオフショア開発拠点の開設に次々と着手している。

 ITサービス専業最大手のNTTデータも、早ければ2012年中に認可を得て、全額出資のオフショア開発会社NTTデータミャンマーをヤンゴンに設立する。NTTデータと大和総研は将来的に、数百人規模の開発人員を現地で確保する計画。オフショア開発だけではなく、金融分野などで大規模システム開発を現地でも受注する腹積もりだ。