「富士通はいつまでハードウエア事業を持ち続けるのだろうか。ハードを分離してサービス事業に特化した方が収益性が向上し、会社が進む方向も明確になる」。IT業界に詳しいコンサルタントは、こうつぶやいた。

 実は筆者もそう考えていた。

 富士通はスーパーコンピュータからサーバー、携帯電話やPCまで幅広い製品を製造し、CPUなども自社で開発している。しかし、「世界一」を誇れる製品はあまりない。携帯電話やPCは国内ではトップシェアを争っているものの、海外での存在感は高くない。世界市場におけるサーバー販売台数は、米IBMや米HPに大きな差を付けられている。スパコンの性能でも、先日2位に後退した。

 IT、電機業界ではコモディティ化が進み、ハード単体で差別化するのが難しくなりつつある。PCや携帯電話は言うに及ばず、ローエンドのサーバーでも価格競争が激しくなっている。生産規模の面で世界のトップメーカーに見劣りする富士通が、今後も利益を出し続けるにはかなりの知恵が必要だろう。

 もちろん、利益が出ている事業をすぐに切り離す必要はない。しかし、収益性が低いとしてPC事業を分離したIBMなどと比べて、富士通はハードの分野で「選択と集中」しきれていないように見える。かつてIBMがサービスに注力することで復活を遂げたように、手掛ける製品を絞り込むことで、富士通は再成長への足がかりを得られるのではないか。そんな仮説を持っていた。

 だが、山本正已社長を筆頭に、数十人の富士通幹部を取材するうちに、違う考えを持つようになった。

 日経コンピュータ2012年8月30日号の特集記事「富士通、再成長への正念場」では、富士通が抱える課題を分析し、反転攻勢をかける同社の取り組みを紹介した。ここでは、特集内で紹介しきれなかったハード関連の話をしたい。

ハードウエア事業を抱える三つの意義

 富士通がハード事業を抱える意義は、大きく三つある。

 まずは、強いハードが「交渉力」を生み出すという点だ。

 山本社長はこう話す。「現在のIT業界では、垂直統合を目指した企業が成功している。米アップルや米オラクルが好例だ。IBMはM&Aによって足りないパーツを埋めようとしているが、富士通の戦略は異なる。むしろ世界のトップベンダーとの連携を深めることで、垂直統合を実現したいと考えている。その際、サーバーやミドルウエア、あるいはCPUを自ら開発していることが強みになる」。

 富士通は幅広い事業分野を抱えているものの、ITの全領域を自社製品でカバーできるわけではない。顧客企業が望むシステムを構築するには、米オラクルのデータベースや独SAPのERP(統合基幹業務システム)パッケージを利用する場合もある。ハードはその際の交渉材料になり得る。

 「CPUを独自開発することで、メモリーコントローラーなどの信頼性も向上させることができ、システム全体の性能を高められる。技術が富士通の強みを生み出し、それが交渉力の背景になる」と、システムプロダクトビジネス部門を率いる豊木則行・執行役員常務は強調する。

 海外企業との提携交渉に「手ぶら」で臨むと、相手の言いなりになってしまう。そうした事態を防ぐためにも、鍵となるテクノロジーは自前で開発し続ける必要があるという。「富士通らしい垂直統合モデルを完成させるには、ハードを持っている必要がある」と山本社長は力を込める。