いきなりIT(情報技術)と関係ない話から書くが、日経BP社は数多くの講演会やセミナーを開催している。例えば日経ビジネス主催の会合には経営者の方々が講師として登壇し、経営について語る。日経コンピュータ主催の場になるとSE(システムズエンジニア)や情報システム部長、システム担当役員が登壇し、ITの利活用について語る。

 後者の方々を以下ではITプロ(ITプロフェッショナル)と書く。経営や事業とIT利活用は表裏一体であるから、一つの企業の社長とITプロが連れだって講演する会合があってもおかしくない。しかし、本稿の題名に記した通り「社長とITプロの同時登壇」はなかなか難しい。

 なぜ同時登壇しなければならないのかと考え出すとお互いが譲り合うようになる。社長は「IT責任者が出るなら彼が全部話せばよい。彼の方がITに詳しい」と考える。ITプロ側は「社長が出るなら社長が全部話すべき。経営方針は社長でないと語れない」と考える。

 社長とITプロがお互いのことを知っていると譲り合いになるが、世の中そうした企業ばかりではない。

社長に会ったことがないシステム部長

 取締役と執行役員を合わせると50人近くいた大企業の情報システム部長に昔聞いた話である。彼は社長と話をしたことがないと言っていた。部長にはなっていたが、取締役でも執行役員でもないので経営会議には出席できない。

 かなりの投資をするシステム案件の場合は担当役員の補佐役として経営会議に出るものの、50人の幹部が居並ぶ会議室の末席に座ることになり、「社長の顔すらよく見えなかった」そうだ。

 また、ある銀行のITプロは新システムを本番稼働させる当日、本店に顔を出したところ偶然出くわした役員から「久しぶり。最近何をしているのか」と真顔で聞かれたという。社長や経営陣とITプロの間に対話が無いのであれば、講演会に同時登壇など有り得ない話である。

 面識はあっても、社長とITプロの仲が悪いことがある。これまた同時登壇は無理だ。

 多くの社長は経理、人事、総務といった事務部門か、営業、生産、開発といった現場部門の出身である。いずれも情報システムを使う立場であり、情報システム部門出身の社長は滅多にいない。若い頃に情報システム部門と折り合いが悪かった人物は、社長になっても情報システム部門の話は聞きたがらない。

 情報システムと聞いただけで「営業の時に何度も頭を下げて頼んだのにシステム部門は対応してくれなかった」とか「使いにくいシステムを押しつけられ、現場のオペレーションがやりにくくて参った」とか、過去の事を思い出してしまう。社長に上り詰めた人がそんなことでは困るのだが、人間若い頃の苦い体験は年をとっても覚えているものだ。