5月以降、仕事で電子メールのやり取りをしている時に、1冊の本を引き合いに出すことが増えた。仕事の要件をメールに書いているうちに「この件ですが、こういう本がありまして」とか「○○さん(本に登場する人)がこんなことをおっしゃっていました」とか、つい書いてしまう。

 興味を持った相手が本について質問するメールを返してくるので、こちらはさらに説明する。ついには仕事の話を抜きにして本のことだけでメールをやり取りする。こうなると相手によっては「その本、面白そうですね。送って下さい」と言ってくる。

 実はその本の編集者を筆者は務めた。このため相手は「編集を担当した本だから一生懸命説明しているのだろう。どのような本か見たい」と思ってくれるらしい。

 ありがたいことだが本音を書くと「税込みで980円、今どき珍しい1000円札を出すとお釣りが来る本ですから1冊買って下さい」と応答したいところである。とはいえ目上の人には書きづらい。いや、若い相手であっても「買え」とは伝えにくい。「分かりました」と答え、編集部のアシスタントに送付を依頼する。

最近の仕事メールを紹介する

 本を受け取った相手はまたメールを送ってくる。こちらも応答する。こうしたやり取りの一例を紹介する。以下で「谷島」とあるのは筆者、「相手」とあるのは仕事関係の相手を指す。一部で対話がかみ合っていないように読めるのは、メールのやり取りで時差があるからである。

谷島:すぐお届けしようと思ったのですが手配を忘れておりました・・・。信じがたいくらい時間をかけた本です。

相手:インテルの吉田(和正)社長の本、届きました。郷ひろみ、白鵬、渋谷ザニー、山海嘉之、対談相手の人選が興味深いですね。

谷島:なんといっても対談が大変でした・・・。相手がありますから。対談相手の方々は皆さん忙しいし、吉田社長も多忙ですし。両者の日程を調整し、対談場所を確保して連絡、ライターやカメラマンの手配をする。対談に立ち会う。終わった後、対談原稿を対談相手に送って確認してもらう。

 横綱の白鵬関に会うため日本相撲協会に取材依頼をしましたが、記者を25年以上していて初めての経験でした。協会の許可が下りたものの、今度は「親方の許可をとってください」と言われ、親方にどうやって連絡するのだろうかと悩んだりしました。

相手:帰りの電車の中で一気に読み終えました。とても読みやすい。本文も対談も興味深かったです。圧巻は郷ひろみさんとの対談ですね。全体のストーリーにそって対談を配置するというのは吉田社長のアイデアでしょうか?

谷島:対談はもともと吉田社長のアイデアです。ここだけの話ですが、そういう意向が聞こえてきていたので、本のプロジェクトを始める時に「対談は準備も確認も大変だから止めましょう」と申し入れるつもりでした。

 ところがプロジェクトのキックオフで吉田社長がどうしても対談をやりたいと主張され、結局実施しました。対談相手を選んだのは吉田社長本人です。すべて面識がある人にお願いしたので、どれも良い対談になりました。郷さんはもちろん、白鵬関、ザニーさん、山海先生との対談も面白いと思います。

相手:今までこういう郷さんの対談を読んだことはありませんでした。発言を読むと対談慣れしている印象です。

谷島: 色々調べると、郷さんは彼のプロフェッショナル哲学のような話を時々されていますね。ただ、場慣れしている感じはまったく受けなかったです。なにしろ対談中は一切笑わず、機嫌が悪いのかと思うくらい厳しい表情で、考え考え話されていました。立ち会っているこちらの息がつまるくらい真剣でした。

 その様子は本に掲載した写真でお分かりの通りです。対談が終わって、せっかくだからと吉田社長と並んで記念撮影に応じてもらったら、別人のような素晴らしい笑顔になっていて、プロは凄いなあと思いました。校正紙をマネージャーの方に送ったら、直ちに郷さんが自分で読んで赤字を書き込み、送り返してくれました。

相手: 舞台裏を聞くと読み方が変わりますね。とても意外性のある本ですから、読後感をネットで共有していくソーシャルリーディング向きかもしれません。ところでこの本のターゲットは?

谷島:ティーンです。本のキックオフで吉田社長が開口一番、「ターゲットはティーン」と明言し、私を含む吉田社長以外の出席者は一瞬、退いていました。これからの日本をになうティーンにぜひメッセージを伝えたい、ということです。そのあたりについて吉田社長のインタビュー記事を書いたのでこちらをお読み下さい(『日本の将来はティーンが決める』)。

相手:インタビュー、読みました。最後に出てくる装丁の話がいいですね。Look&Feelが重要ですか・・・。確かに字が大きいし、ぱらぱらめくってもひっかかる仕掛けがしてあったり、工夫されていますね。

谷島:色々な方と本を作ってきましたが今回ほど著者が装丁に意見を言ったのは初めてですね。全体の装丁はもちろん、表紙カバーのイラスト選定、表紙カバーと表紙と本文の紙選定、すべてに吉田社長が関与しました。

 「Look&Feelが重要」と再三おっしゃるので、谷島が知っている中で、もっともできるデザイナーを紹介したら、吉田社長とデザイナーで意気投合してしまい、二人で装丁やら紙やらイラストやら、あれこれ打ち合わせていました。

 デザイナーが紙の候補をいくつか選び、吉田社長が最終決定しました。これもここだけの話ですが、通常よりかなり高い紙を使っています。印刷会社の人から「大丈夫ですか」と言われたほどで。ティーンがすぐ買える値段ということで980円に設定し、しかも原価率を自分で上げてどうするのか、という感じでしたが。

 表紙カバーを外すと表紙が出てきます。そこにある文字は吉田社長が手書きしたものです。終盤の打ち合わせでデザイナーが突然、「表紙に手書き文字はどうです」と言いだし、吉田社長が「やりましょう」と答えてすぐに決まりました。盛り上がる二人の脇で、進行の予定を気にしていたインテルの担当者と谷島が蒼ざめていた、という構図でした。

相手:本に思い入れがあるのですね。電子書籍にはしないのかな。

谷島:IT企業の経営トップなのに、今回の本に関してはあえてデジタル化を避けようという意図が明確にありますね。せっかく郷さんや白鵬関に会うので動画を撮影してネットで流したら本の宣伝になります、と提案したのですが、吉田社長が「発言いただいたことはきちんとまとめて本に入れる。動画を流すことはしたくない」と言ったので止めました。

 電子出版も当面しません。「ティーンに本を手にとって読んでもらいたい」という強い意図があります。だから装丁にこだわる、というわけで筋が通っていますね。