筆者は、講演や勉強会などの機会を通じて、民間企業や公的機関のリスク管理担当者と情報交換をしている。そうして得られた断片的な情報がいくつも重なり合って、リスクの正体が浮かび上がってくることがあるものだ。今回は、その一例として、「新参者が事故に遭う」という現場の経験則をご紹介しよう。

「現場に不慣れ」とはどういうことか

 その発端は、建設関係のA社から伺った話だった。大規模工事の現場で、ある月に労働災害の発生件数がいきなり倍近く跳ね上がったが、翌月には元の水準に戻ったという。A社では、工事の進捗により作業内容が大幅に切り替わって、現場に不慣れな下請業者が一時的に増えたせいではないかと分析していた。

 しかし、何かにつけてこだわるタイプの筆者は、その説明だけでは納得できなかった。そもそも「現場に不慣れ」とはどういうことか。初めての作業現場で勝手がよく分からないという事情はあるにせよ、それだけで事故件数が倍増するものだろうか。

 筆者の疑問が解けたのは、多数の街頭工事を手がけているB社と懇談していた時だった。B社は労働災害の予防に熱心に取り組んでいたが、なかなか件数が減らない。そこで、事故の発生状況について様々な情報を収集して分析したところ、事故に遭いやすい労働者の特徴が判明した。

 さて、その特徴とは何だろうか。おそらく読者の皆さんは、「経験年数(熟練度)が少ないこと」を思い浮かべただろう。しかし分析で明らかになったのは、当該工事現場で働くようになって日が浅い労働者、つまり「新参者が事故に遭う」という結果だった。

 この分析結果の解釈について、B社の担当者と話し合ったところ、現場におけるコミュニケーションの問題にたどり着いた。新参者は現場のコミュニケーションの輪から外れているため、危険情報をあまり入手できず、また、危険回避のための連携行動を取りにくいことが原因ではないかと見当をつけたのだ。

コミュニケーション不足が事故に結び付く

 ちょっとした街頭工事でも、労働者が十数人、業者数が3~4社になる。大規模工事であれば、それぞれ数百人、数十社に達するだろう。そうした主体間の打ち合わせの不足や連絡ミスが事故に結びつくことは容易に想像がつく。

 しかも現場における情報交換では、フォーマルな文書のやり取りよりも、インフォーマルなコミュニケーションの比重がはるかに高い。インフォーマルなコミュニケーションは互いの親密度に比例するため、新参者が入手できる情報量は相対的に少なくなる。「後ろの配線に気をつけて」「あそこの足場が少しぐらつくよ」といった危険情報が不足しがちなので、事故に遭いやすいというわけだ。

 また、現場で危険を回避するには、他者に手助けしてもらったほうがよいケースが少なくない。そういう時に、「すまないけど、少し力を貸してくれないか」と頼みごとをできるかどうかは、やはり普段のコミュニケーションにかかっている。