最近、ITベンダーを取材していると「我々のアプローチは、米アップルと同じだ」という主張をよく聞くようになった。これらの言動の背景には、ITインフラ業界においてもスマートフォン業界のように、単一の企業がハードウエア、ソフトウエア、サービスのすべてを提供する「垂直統合」の動きが進んでいることがある。

 “アップル派”の代表格は、米オラクルのラリー・エリソンCEO(最高経営責任者)だ。エリソンCEOは、故スティーブ・ジョブズ氏の親友だったことでも知られている。エリソンCEOは4月に開催された「Oracle OpenWorld Tokyo 2012」の基調講演で、ハードとソフトを統合した「Oracle Engineered Systems」が、ジョブズ氏のアイデアと同じだと力説した(関連記事:「我々のやり方はアップルと同じ」、米オラクルのエリソンCEO)。

 エリソンCEOが挙げるOracle Engineered Systemsと、「iPhone」「iPad」との共通点は、ハードとソフトの「擦り合わせ」である。単に既存のソフトとハードを組み合わせるのではなく、ハードの特性に合わせてソフトを、ソフトの特性に合わせてハードを最適化する。そうすることで他の製品にはない性能や使い勝手を実現することが、ここで言う「擦り合わせ」だ。

 例えば「Oracle Exadata Database Machine」では、SSD(ソリッド・ステート・ドライブ)やInfiniBandといった新たなハードの特性に合わせて「Oracle Database(DB)」などのソフトに手を加え、最適化している。SSD上でのデータの検索処理を高速化する「Smart Flash Cache」などが、ソフトを修正した例だ。

 エリソンCEOは「Oracle Engineered Systemsは、すべてコモディティー部品で構成されている」と表現する。それでもOracle Engineered Systemsが高い処理性能を実現しているのは、エリソンCEOによれば、ハードとソフトの擦り合わせの妙なのだという。

半導体を自社開発するシスコとアップル

 もう一つ、別の視点で「我々のアプローチは、アップルと同じだ」と主張するITベンダーがある。米シスコ・システムズだ。同社新興技術グループ担当ゼネラルマネージャー兼CTO(最高技術責任者)であるグイド・ジュレ氏は記者とのインタビューで、シスコがサーバー、ストレージ、ネットワークを統合した「Cisco Unified Computing System(UCS)」のような垂直統合型ハードウエアを販売していることに加えて、ASIC(特定用途向けIC)の開発にも力を入れている点が「アップルと同じだ」と語った。

 ジュレ氏が挙げるアップルとシスコの共通点は、半導体メーカーが外販する様々なチップ(商用半導体、Merchant Siliconと呼ばれる)が高性能化する中で、自社による半導体開発を重視している点だ。

 アップルは、スマートフォンやタブレットを実現する上で、米クアルコムや米エヌビディアなどが外販するARMプロセッサを採用するのではなく、独自開発のARMプロセッサをiPhoneやiPadに採用している。また、イスラエルのフラッシュメモリーメーカーの買収なども進めている。

 近年、ネットワーク機器の世界でもスマートフォン市場と同様に、米ブロードコムや米マーベル・セミコンダクターといった半導体メーカーが外販するスイッチングチップの性能が向上している。そのため、商用半導体を調達して組み合わせるだけで、かなり高性能なネットワーク機器を実現できるようになった。

 しかしシスコはこの傾向に対して、「待った」をかけようとしている。ジュレ氏は、「シスコは常に、自社開発のASICを製品の強みとしてきた。今後も、ブロードコムやマーベルなどの商用半導体には無い機能を備えたASICを開発し、製品に採用していく」と語る。

 例えばシスコでは、ビデオ会議の通信を優先処理するようなASICを開発しているという。「今後ネットワークトラフィックの50%を、ビデオが占めるようになる。企業内ネットワークでも、ビデオ会議などの普及によって、ビデオの重要性が増す。シスコは、様々な種類のトラフィックがネットワーク帯域を共有している状態でも、ビデオ通信を途切れなくする機能を搭載したASICを用意することで、ビデオのトラフィックに関する問題に対応する」(ジュレ氏)としている。

 現在、様々なITベンダーが「ITインフラ市場のアップル」を目指して、ハードとソフトを統合した「垂直統合型システム」の提供に向かっている。一方、米アマゾン・ドット・コムや米グーグルが提供するクラウドもまた、「垂直統合型」のサービスである。ITインフラ市場においては今、「ダウンサイジング」以来、20年に渡って続いてきた水平分業のビジネスモデルが、垂直統合へと大きくシフトしていると言えそうだ。