消費税引き上げ論議の報道にかすみがちだが、企業の経営に大きな影響を与えそうな法案が3月に国会へ提出されている。65歳までの希望者全員の雇用を企業に義務づける高年齢者雇用安定法(高齢法)の改正案だ。

 成立すれば、企業は60歳以上のシニア社員の活用を迫られる。しかし、シニア社員の能力は既存企業だけが囲い込むべきものではない。他の手立ても合わせて模索する必要があるのではないか。

6万2000社が制度改正を迫られる

 これまで高齢法は、企業に対して全従業員を対象に「定年制度の廃止」や「定年延長」、または「継続雇用制度(再雇用)」のいずれかの導入を求めてきた。ただ現行では、労使協定などを前提に、企業は継続雇用する社員を選別する仕組みを導入できた。

 厚生労働省によると、従業員数31人以上の企業約13万8000社のうち、継続雇用制度を選んでいる企業は実に約11万社。そのうち継続雇用する社員を選別している企業は56.8%(2011年6月現在)にあたる約6万2000社と、過半数を占める。

 しかし今回の改正案が成立すれば、継続雇用の対象者を限定する基準を廃止し、希望者全員を再雇用しなければならなくなる。6万2000社が制度改正を迫られるわけだ。

 そもそも2013年4月から厚生年金の加入者である会社員の男性は、60歳になっても年金を受け取れなくなる。厚生年金の報酬比例部分の支給開始が61歳に引き上げられ、60歳が定年のままの企業の退職者は、定年後に給料も年金も受け取れない1年間の無年金期間が生じる。「2013年問題」とも呼ばれる無年金期間を解消するのが改正案の目的である。

 既に企業の対応も始まっている。関係者によると、NTTグループは若年層社員の給与水準を引き下げて、浮いた人件費を65歳までの雇用に回す新たな賃金制度の大枠を労働組合に伝えたという。シニア社員の能力を活用しようと、50歳になった全社員を対象とするキャリア研修を導入する企業も増えているという。

有限責任事業組合(LLP)などの活用も

 ただ、企業にシニア社員の雇用を義務付けたところで、その能力を十分に生かせるだろうか。シニア社員は、若手に比べて経験や知識が豊富。対人折衝力にも優れ、責任感や人材育成力もあるといわれる。気力や体力の衰えも考慮すれば、その長所を生かすには「多様な働き方」を許容する緩やかな組織を受け皿として作る方法もあるのではないか。

 これは若年層を非正規雇用に追いやった「多様な働き方」とは異なる。まずは兼業禁止など既存企業に縛り付ける仕組みをなくして働き方の選択肢を増やす。その上で、例えば企業のシステム開発などのプロジェクトを遂行するために、その分野に詳しい退職シニア層を企業の垣根を越えて集め、関係者の資金を募って有限責任事業組合(LLP)や合同会社(日本版LLC)として「プロジェクト型シニア企業」を立ち上げる。プロジェクトが終われば、収益を全員で分け合って解散する。また別のプロジェクトが持ちかけられれば、そのたびにノウハウのあるメンバーを集めるという具合だ。

 インターネットのソーシャルメディアを活用すれば、組織を維持するためのコストは限りなくゼロにできるだろう。メンバーが受け取れる成功報酬は、既存企業にいる場合より高めにできるかもしれない。今回の高齢法改正案では、出資比率20%以上の関連会社も雇用確保先の対象企業と認められるため、既存企業にとってもメリットがあるだろう。

 試しにある大手シンクタンクを定年退職したシステムコンサルタントに尋ねてみたところ、「そういう場をつくれる人がいればいいのだが…」とぼやいていた。課題は多いのだ。

 一つは、無名のプロジェクト型シニア企業に対する信頼度。「かつて、あのプロジェクトを手がけた」というようなシニア層が抱えるノウハウを広く知ってもらう必要がある。二つ目に、シニア層を束ねる人脈や人徳を備えた中心的な人材を見つけなければならない。

 さらには海外のように、職種や業務の重みに応じた横断的な賃金相場を明らかにしておく必要もある。日本生産性本部の東狐貴一 雇用システム研究センター 上席主任研究員は「65歳定年を定着させるには、職種別や業務のレベル別の賃金相場が形成される必要がある」と話す。

 そうなれば雇用の流動化が促される。プロジェクト型シニア企業の活躍の場も広がりやすくなる。幸いIT業界では経済産業省主導で定めた「ITスキル標準(ITSS)」があり、賃金動向などと合わせて報酬の目安にすることもできる。IT業界が率先してシニア層の活用を始めてはどうだろう。

 今後シニア層の供給は増え続け、シニア層のノウハウに対する需要もあるはずだ。必要なのは、散在している能力を集めて社会のために生かす知恵ではないか。