「新しい未来を創造せよ」――。ガートナージャパンの亦賀忠明最上級アナリストは同社主催のセミナーで、IT部門に「IT活用の目的を、旧態依然のコスト削減から次のフェーズに一日も早く移行させるべきだ」と提案する。

 なぜか。メインフレームからオープンシステム、クラウドコンピューティングへと、この40年間、コンピューティング環境は大きく変遷した。にもかかわらず、企業のITシステムの主要課題は「業務の維持」「コスト削減」と全く変わっていない。事実、多くの企業のIT部門はコスト削減を自慢する。ITベンダーもクラウドをコスト削減のツールとして提案する。

 もちろん、無駄なコストは徹底的に削減すべきだ。しかし、削減した分をどこに回してきただろうか。新技術で新しい市場を創出するような「戦略的な投資」に振り向けてきたのだろうか。亦賀氏はそこを問うているのだ。

IT部門は「ITの劇的な進化の先にあるもの」を見ているか?

 亦賀氏は、劇的に進化する情報技術の例を示す。数万MIPSの処理能力を持つプロセッサや1000を超すコアを搭載できるプロセッサが現在開発されている。サーバーやストレージ、ネットワークなどを統合したシステムの登場で、ITインフラ構築の時間は大幅に短縮され、運用も自動化されていく。さらに、1ラックに3000台近くの物理サーバーを搭載する技術も開発されている。仮に、データセンターに2000台のラックを設置すれば、サーバー台数は600万台。これほど大量のサーバーを運用することも、そう遠い将来の話ではなくなっている。「これまでの常識を超える大量処理が可能になる」(亦賀氏)。この圧倒的な処理能力を生かす道はいろいろあるだろう。

 なのに、IT部門もITベンダーも「我々にはまだ関係ない」と、新しい技術の活用に関心を示さないし、どんなインパクトがあるのかも議論してこなかった。中には、新技術によって「ITベンダーにロックインされてしまう」と心配するIT部門すらいる。それは筋違いだ。

 ITベンダーはというと、競争の源泉になる技術開発を怠り、クラウドの普及に伴うシステム構築需要の減少を懸念している。そんなことを言っている間に、システム構築の世界は手組みから自動化へと変貌してしまう。そうなれば、取り残された受託ソフト開発会社は再編・淘汰に追い込まれるだろう。ユーザーも環境変化に対応できず、ジリ貧になってしまう。

 亦賀氏はだからこそ、ITベンダーは新技術の開発に積極的に取り組むべきだと提案する。ITサービス会社には、「新技術を活用した新市場の創出に挑戦するべき」だと助言する。ユーザーに対しても、「新技術による産業構造の変貌をいち早く理解すること」を強く促す。

「クラウドは産業革命と同じようなインパクトがある」

 その影響の一例を挙げる。小学校の教科書が電子化されたら、ランドセルはどうなるのか。印刷業界や配送業界にも大きな影響を及ぼすだろう。もちろん教育の仕方も変わるだろう。

 「IT部門は業務システムだけにフォーカスする時代は終わった」(亦賀氏)。ITサービスを提供するプロバイダーに変身することだ。スマートデバイスだけではなく、自動車までもがインターネットにつながるようになり、それらの情報をどう収集し、生かすかが企業の勝負を左右する。IT部門はここに新技術を適用して、企業を成長させる研究・開発にも取り組むべきだという。

 しかし、業務の維持とコスト削減ばかり気にするIT部門がほとんどで、自身を保守的と思っており、変えられないと思っている。そんな企業は未来を展望できるのだろうか。「技術の進化する方向を理解し、未来をイメージする。とりわけクラウドは産業革命と同じようなインパクトがある」(亦賀氏)。こうした変化に早期に対応した企業だけが果実を得られるのだ。