市町村の行政システムをクラウド化する自治体クラウド。税収減や社会保障費などの増大により財政が厳しさを増す中、システム運用コストの軽減を狙って導入を検討する自治体が増え続けている。

 こうした状況の下、自治体クラウドへの新しい取り組み方が広がろうとしている。複数の市町村による共同化ではなく、一自治体単独でのクラウドサービスの利用である。きっかけは、政府の震災復興対策事業だ。

17市町村がクラウド移行を目指す

 総務省は4月、震災復興対策である「被災地域情報化推進事業」の交付事業、計29件を決定した。今回決定した補助対象事業の事業総額は82億7000万円で、各事業費の3分の1、合計27億5500万円を補助する。

 同事業は、東日本大震災で被災した11道県の227市町村を対象としている。特に岩手県・宮城県・福島県は、全市町村が対象となる。2011年12月下旬から2012年2月末まで1回目の申請を受け付けた。事業費としては、2011年度予算(第3次補正)で73億9000万円を計上してある。

 対象事業は計7区分で募集した。具体的には、(1)東北地域医療情報連携基盤構築事業、(2)ICT地域のきずな再生・強化事業、(3)被災地就労履歴管理システム構築事業費補助事業、(4)被災地域ブロードバンド基盤整備事業、(5)スマートグリッド通信インタフェース導入事業、(6)災害に強い情報連携システム構築事業、(7)自治体クラウド導入事業である。

 区分別で見て金額が最も大きかったのはスマートグリッド。仙台市(事業総額24億1900万円)、会津若松市(同2億7200万円)、足利市(1億500万円)の事業への交付が決定した。復興公営住宅・一般世帯・公共施設のHEMS(家庭エネルギー管理システム)/BEMS(ビルエネルギー管理システム)や太陽光発電装置を遠隔から一括管理するシステムなどを導入する。

 一方、事業総額は17億6300万円とスマートグリッド事業には及ばないながらも、件数では過半となる15件を占めたのが自治体クラウド導入事業である。岩手県大槌町・普代村・野田村は3町村共同で、基幹系(住民情報・税・福祉・保険/年金など)と内部系(財務会計・人事給与など)をともにクラウドへ移行する。事業総額は、自治体クラウドの区分では最大の6億8800万円である。

 また、岩手県釜石市、宮城県七ヶ浜町・色麻町・涌谷町、福島県須賀川市・古殿町・小野町・葛尾村、茨城県潮来市・大子町、千葉県浦安市・白子町、長野県栄村の計13市町村は、それぞれ一自治体単独で、基幹系のクラウド移行に踏み切る(葛尾村と潮来市は内部系も移行)。このほか千葉県松戸市が、クラウド化に向けた調査・検討と計画作成を実施する。

 岩手県では震災直後に、津波被害が大きかった沿岸部13市町村で「岩手県沿岸市町村復興期成同盟会」を結成。活動の一環として、自治体クラウドの導入を検討してきた。災害時に庁舎が損壊しても住民情報などを失わずに早期に行政業務を復旧させられるようにしたり、現行のシステム運用にかかる費用・人員の削減分を復興業務に回して早期の復興を実現したりするためである。

 補助金交付の決定を受け大槌町は、4月25日~5月18日に自治体クラウド構築に関するRFI(情報提供依頼)を実施。全国地域情報化推進協会(APPLIC)が公表している「地域情報プラットフォーム」標準仕様を考慮することを条件として、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)方式でのシステム構築の情報提供を募集した。5月中のデモ/プレゼンテーションも踏まえて、システムの内容や予算規模を検討し、RFIに応じた事業者の中からRFP(提案依頼)に参加する事業者を複数選定する方針である。

補助金が単独移行を加速させる

 総務省が共同化を推進してきた経緯もあって、従来の自治体クラウドは複数の市町村の参加による共同化を前提とした取り組みが一般的だった。一自治体単独でのクラウド移行は、東京都島しょ部など一部に限られていた。共同化では、参加する自治体の数が多いほど“割り勘効果”が働いて、一自治体当たりの運用コストなどを抑えられる利点があるからである。

 ただ、今回の震災復興対策では、事業経費の3分の1の補助を得られることから、多くの自治体が単独でのクラウド移行を決断したようだ。複数の市町村で共同化を進める場合は、業務プロセスの標準化やコストの分担をめぐって自治体間で調整が必要になるが、単独での移行ならそうした手間も省ける。

 このような一自治体単独でのクラウド移行は、今後も拡大が続きそうだ。総務省の被災地域情報化推進事業の2011年度予算は、まだ6割強が残っており、5月14日から6月29日の期間で2回目の事業申請を受け付けている。さらに2012年度予算でも、45億1000万円の事業費を計上してある。災害時のデータ保全など、BCP(業務継続計画)強化のために、被災自治体の申請が続くのは間違いないだろう。

 加えて、補助金事業を契機に、クラウドサービス事業者のセンター設備やアプリケーションの稼働率が高まれば、サービス料金の引き下げも期待できるかもしれない。仮に、共同化での割り勘効果に頼らなくても、相応のコスト圧縮効果が見込めるような水準にまで移行費用やサービス料金が下がってくれば、被災地域以外の自治体にも単独でのクラウド移行を目指す取り組みが広がり始めるだろう。