少し前だが、あるユーザー企業の経営トップがこうぼやいていた。「我が社のビジネスモデルをリファインするのにITは不可欠。それで、優秀なIT人材を採用したいのだが、求人に応募してくる人は、ものづくりが大好きな人ばかりだ」。この経営トップが欲しいIT人材は「ものづくりの人」ではなく、「ビジネスモデルづくりの人」なのだ。

 この話を聞いて、私はIT業界やIT関係者の間に蔓延する「ものづくりの呪縛」が気になるようになった。ITサービスと称していても、そのメインビジネスであるSIは製造業のものづくりをその規範としていた。その結果、ものづくりである開発を重視し、サービスの本質である運用面を軽視する傾向が長く続いた。

 もちろん、私はものづくりを軽んじるわけではない。素晴らしい品質や性能、痒いところに手が届くような機能を持つプロダクト、そしてそれを生み出す日本企業や日本人の能力は、貴重な財産だ。問題は、IT業界やIT関係者も含め日本全体がものづくりに拘泥するあまり、ビジネスモデルづくりの能力を磨くことがお留守になってしまったことだ。

 グーグルなどネット企業の勃興に見られるように、新たな巨大ビジネスの創出という最高の付加価値を生み出し得るITの世界において、ビジネスモデルづくりを軽んじたのは特に致命的だった。日本のITベンダーがグローバルで主導権を取れないのは、まあよい。だが、世界をリードしてきた製造業までもが、ITを使ったビジネスモデルづくりを怠ったために、沈み始めている。

 そして、みんなでiPhoneやiPadなどを分解してはため息をつく。「日本企業が造れないものは一つも無いじゃないか」と。なぜ、こんなことになったのか。振り替えてみて最もまずかったと思うのが、2001年のネットバブル崩壊による“アンシャン・レジューム”、ものづくり絶対主義の風潮だろう。

 1995年からのネットビジネス勃興期には、いわゆるネット企業だけでなく、多くの企業がITを使って、新たなビジネスモデルづくりに熱を上げた。電機メーカーや自動車メーカーなどは「製造業のサービス化」が旗印だった。受け身で御用聞きが専門だったITサービス会社さえも、ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)という名のネットビジネスにおっかなびっくり取り組んだ。

 こうしたトラディショナルな企業のネットビジネスがなかなか軌道に乗らない中、ネットバブルが崩壊する。もちろんネット企業の多くは踏み止まったが、トラディショナルな企業は一斉に新たなビジネスモデルづくりに背を向ける。「ネットビジネスは虚業。やはり日本の強みはものづくりだ」と多くの製造業がものづくり絶対主義に回帰する。もちろんITサービス会社もASPを捨て、SIというものづくりに回帰した。

 そして最近、まず日本のIT業界がクラウドコンピューティングの急成長に右往左往することになる。「クラウドなんかASPの言い換えじゃないか」と言う人もいたが、単なる負け犬の遠吠えだった。次にiPhoneなどのスマートフォンの大ブレークで、今度は電機メーカーなどの製造業が右往左往を始めた。ネットバブル崩壊からの「もう一つの失われた10年」の間、ビジネスモデルづくりを軽んじたツケは、かくも大きかった。

 さて冒頭の話だが、今やさすがに日本企業も、その多くがITを使って既存のビジネスをリファインしたり、新たなビジネスを創ったりすることの必要性を痛感するようになった。そこで、ビジネスモデルづくりができるIT人材、つまり、お金儲けの仕組みをITサイドで考えられる人が、強く求められるようになったわけだ。

 だが、そんなIT人材はなかなかいない。冒頭の企業はトラディショナルなサービス業だが、そうした普通の企業が人材募集をかけても見つけることはできない。もちろん、そんなIT人材やビジネスモデルづくりに興味のある理工系学生はいるのだろうけど、おそらくネット企業など“働き甲斐のある会社”にしか興味を示さないだろう。

 であるなら、ITベンダーがこうした企業のニーズを満たさなければならない。実際、多くのITベンダーがそうした人材やコンサルサービスの重要性に気付いている。だが、自社での新たなビジネスの創出を怠ったツケはここでも大きく、そんな人材は育っていない。SIという、ものづくりがシュリンクする以上、ビジネスモデルづくりを担う人材の育成は、ITベンダーにとって存亡がかかる緊急課題だ。だが、果たして間に合うだろうか。