企業の売り上げを増やし、利益増大に貢献する情報システムとはどのようなものか――。
この質問に対し、即座に的確な答えを出すのは難しい。企業が直面する経営環境は様々で、解決すべき課題も異なる。全ての企業に効果がある「万能薬」のような情報システムは存在しないはずだ。
だが半面、現代の企業が情報システムなしに利益を生み出すのは不可能だ。そこで冒頭とは逆のアプローチで取材を進めてみた。
儲けている企業は、どのように情報システムを活用しているのか――。
そうして出来上がったのが、日経コンピュータ 5月10日号の特集「強い企業のIT戦略」である。キヤノンやイオン、ゼンショーホールディングスなど、日本を代表する企業12社のIT活用事例を紹介している。
印象的だったのが、医療用検査機器大手 シスメックスのIT活用法だ。同社は血液中の赤血球や白血球の数を分析する「血球分析装置」で、世界シェア40%を握り、国内では事実上の業界標準になっているという。定期健康診断の時などに、知らず知らずのうちにシスメックス製品に関わっている人も多いはずだ。
シスメックスの強さは業績が明確に示している。2011年3月期の連結売上高は1246億円で、営業利益は182億円。売上高営業利益率は15%に達し、10期連続となる増収増益を達成した。同社は全ての医療機器を日本国内で製造し、その内8割を輸出する。リーマンショック以降の円高は大ダメージだったはずだが、着実に業績を伸ばしてきた。
ではなぜ、シスメックスは増収増益を続けているのか。詳細は特集をお読みいただきたいが、その理由は「SNCS(シスメックス・ネットワーク・コミュニケーション・システムズ)」という情報システムにある。
SNCSは、シスメックスの医療機器をネット経由で遠隔管理する仕組みの総称だ。血球分析装置などの稼働状況をリアルタイムで収集し、顧客サポートに生かすのが目的だ。2012年2月時点で、SNCSは1万9331台の装置を接続し、リアルタイムで利用状況を監視している。
この取り組みからは、企業がITを使って業績を向上させるための三つのヒントが見える。
まずは「異変を即座に察知する」ことだ。ネット経由で装置の利用状況を常時把握しておけば、仮に異常が発生した場合、シスメックス側で即座に察知して修理などの手を素早く打てる。部品の稼働状況を時系列で分析すれば、故障につながる「予兆」を察知し、事前に部品交換などの手を打てる。
次は「顧客を深く理解する」こと。シスメックス製品を導入した医療機関が重視するのは、ダウンタイムの削減だ。手術など緊急を要するときに装置が使えないと、顧客の信頼を失いかねない。そこでシスメックスは、SNCSに蓄積したデータを分析し、顧客が装置を使わない時間を推定。そこに合わせてエンジニアを派遣し、部品交換を済ませる。
最後は「成長の頭打ちを防ぐ」ためにITを使うことだ。シスメックスは装置本体と検査用試薬、サービスをパッケージとして医療機関に売り込んでいる。中でも利益率が高いのが、試薬の販売事業だ。試薬は海外工場で生産しており、為替変動の影響を受けにくい。
だが試薬は模倣が容易で、特に中国市場などでは多くの模造品が出回っているという。そこでシスメックスは、SNCSに模造品の検出機能を搭載し、純正の試薬を利用するよう顧客に強く促している。ITを使って模造品を駆逐することで、利益率の高いビジネスを守っている格好だ。
特集ではこれら三つの観点に沿って、先進事例を紹介している。情報システムを通じて業績向上を目指す企業の担当者にとっては、参考になる例がきっと見つかるだろう。
当初、5段落目で「ホールディングス」と記述していましたが、「ゼンショーホールディングス」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2012/05/09 13:30]