「見える化」から「測る化」へ――。最近、こうした取り組みがIT現場で広がり始めている。記者はこのことにとても共感し、日経SYSTEMS2012年5月号でも特集記事を担当した。以下では、そんな測る化について述べてみたい。

 冒頭の言葉は、見える化の限界を測る化で超える、という意味である。お断りしておくが、これは決して見える化を否定しているわけではない。測る化は見える化の考え方を踏襲しつつ、より進化させた考え方である。記者もこれまで、見える化に関する記事をたびたび執筆した。その視点で見ても、測る化は見える化の延長線上にある。

数値で捉えることが重要

 ではなぜ、見える化に限界が来たのか。これは、見える化が具体的な手法にまで言及していないからだと思う。見える化とは一般に、見えないもの・見えにくいものを可視化して共有することを指す。これに対して測る化は、見えないもの・見えにくいものを数値で定量化することである。ともに共有した情報を基に、問題の早期発見、迅速な対策につなげるという目的には変わりはない。

 両者の最大の違いは、数値で捉えるかどうかである。実はこの差が大きい。つまり見える化の限界とは、定量的ではない表現方法を含んでしまうこと。これを改善して進化させたのが、測る化なのである。

 例えば見える化の代名詞ともいえる「ニコカレ(ニコニコカレンダー)」がある。これは、メンバーの士気やプロジェクトの進捗をフェースマークなどでホワイトボードに表すものだ。しかしその評価はとても曖昧で、主観が入り込みやすい。それを見た人によっても、判断が分かれることが少なくない。

 測る化ではこれを数値で表す。たとえ定性的なニコカレであっても、明確な指標(メトリクス)を設定し、それに従って測定し評価する。結果が数値で定量的であるだけに、見た人によって判断が分かれることは少ない。

 もっともメトリクスをIT現場で使う取り組みは、以前からあったことだ。特にソフトウエアの規模や品質などを定量的に捉え、マネジメントに生かすことは全く新しいことではない。ここで大事なのは、見える化が目指した「見えないもの・見えにくいもの」を対象に定量化することだ。本来捉えるのが難しかった分野を定量化してこそ「測る化」になる。

コミュニケーションを測る化する

 測る化をよりイメージしやすくするために、一つの事例を紹介しよう。測る化の象徴的な事例と言っていい。

 日立製作所は2011年、ある基幹系システムの開発プロジェクトで、前例のない測る化に挑戦した。それは、メンバー150人のコミュニケーションを定量的に捉えること。プロジェクトが失敗する原因の一つに「コミュニケーションの不備」がよく挙がる。その原因を定量的に調査・分析するのが目的だった。

 ユニークなのはその測定方法である。赤外線の送受信センサーを持つICカードを利用したのだ。このICカード同士が2~3メートル内で向き合うと、互いにID番号と認識時刻を送受信して内蔵メモリーに記録する(認識できなくなったときの時刻も記録)。これにより、誰と誰がどのくらいの時間、対面で会話したのかを測定できる。

 メンバー150人がICカードを首からぶら下げ、プロジェクトがスタートした。そして1カ月後、測定結果を分析すると、これまで見えなかったことが次々に浮かび上がった。

 例えば、誰ともコミュニケーションを取っていないメンバーがいることが分かった。週25分以上会話があったメンバー同士を線(パス)で結ぶモデル図を作成すると、どこにも現れないメンバーがいたのである。プロジェクトではこれを一つめの問題と捉えた。

 二つめの問題は、10~20人ものパスがある2人のリーダーがいたことだった。まわりのメンバーとのコミュニケーションが活発なのはよいことだが、普段の作業をほとんどできない状態だった。この2人の作業遅れがボトルネックとなり、スケジュール全体の遅れにも影響していた。

 最後はプロジェクトを支援する管理チームが各チームのリーダーとコミュニケーションをあまり取っていなかったこと。プロジェクトの報告・連絡・相談がきちんと出来ていない可能性があることをつかんだ。

 このプロジェクトではその後、測定結果から根本原因を分析し、具体的な対策を講じた。その結果、コミュニケーション上の問題がモデル図上で解消され、生産性も向上したという。詳しくは日経SYSTEMS 2012年5月号をご覧いただきたい。

測れないものはマネジメントできない

 上の事例からもお分かりのように、定量化、つまり数値で表して初めてマネジメントできることがある。「測れないものはマネジメントできない」。これは、開発方法論やリスク管理で著名なトム・デマルコ氏や経営学者のピーター・ドラッカー氏らが繰り返し唱えた言葉である。それだけ測ることは重要であり、測ることに努める姿勢がマネジメントには不可欠なのである。

 中には「なんだ、またバズワードか」と思う人がいるかもしれない。しかし最初はバズワード扱いされた「見える化」が、ここまでIT現場に受け入れられている状況を見れば、測る化が決してバズワードにならない可能性は高い。事実、経済産業省をはじめ業界団体でも「測る化」という言葉を使い始めている。

 定量化してこそ見える化の本領を発揮する。このことに気付いたIT現場が、今まさに測る化に取り組み始めた。今後多くのIT現場でも同様の取り組みが始まることを、記者は確信している。