人員削減も含む大リストラを敢行したコストカッター、いち早く新興国市場に舵を切ったストラテジスト、そして電気自動車を中核に自動車と社会の未来の姿をデザインするビジョナリー経営者――。いまや日本を代表する経営者となった日産自動車のカルロス・ゴーン代表取締役会長兼社長兼CEOは多様な顔を持つ。

 ゴーン氏自身は自分をどのような言葉で表現するのか。日経情報ストラテジー2012年4月号のインタビューで、日産・ルノーが成長した理由についてゴーン氏はこのように語っている。

 「社員のモチベーションを高めるために何をすべきか。これを考え、実践していることだと思います」。純利益(2012年3月期)で国内勢トップを見込む日産自動車。ルノー連合とのアライアンスも軌道に乗り、年間販売台数は802万台に達している。自動車メーカーが成功するうえでは強い組織と強いブランド、そしてはっきりとした目的意識が欠かせない。その成功の原動力は「社員のモチベーション」にあるとゴーン氏は言う。自分の会社や組織のために働くことこそが社員のモチベーションの源泉であり、ゴーン氏が展開してきた様々な戦略はそれを強化するものだったと語っている。

 実際にゴーン氏と仕事をした経験を持つ社内外の関係者は、共通してゴーン氏のモチベーション・マネジメントの巧みさを指摘する。「会議の席では出席者からうまく意見を引き出し、合意形成を尊重する」「CFT(クロス・ファンクショナル・チーム)や現場の問題解決活動を通じて、自らが主体となって改善していく喜びを社員に与えている」。社員のモチベーションを重視し、それを高めることでより多くの力を引き出してきたリーダーの姿が浮かび上がる。

 東日本大震災ではいち早く被災地である福島県のいわき工場を直接訪問して元気づけた。「何かあればトップが駆け付けて、助けてくれる。いわき工場だけでなく、世界中の15万5000人の従業員にこう思ってもらうことが重要」と話す。

 翻って日本のリーダーたちはどうか。勤勉で組織へのロイヤリティーが高く、放っておいても会社やチームのために骨身を惜しまず働く――。そうした過信のもとに、部下や同僚のモチベーションを軽視し、それが低下している実態を見過ごしていないだろうか。

 特にIT業界では、エンジニアの慢性的なモチベーションダウンや、そこから派生する心の病が問題となって久しい。ともに働く仲間のモチベーションを高めるために何をすべきか。稀代の名経営者が自分に投げかけ続けるこの問いに、改めて向かい合うべき時が来ている。