国内大手ITベンダーやユーザー企業でのIT人材育成が、世界の成長センターである「アジア」を意識したものに変わりつつある。これまでのように日本に引き籠るか、成長著しいアジアで活躍できるようになりさらなる飛躍を目指すか――。内向きだった日本のIT産業や企業のIT部門、IT人材は、大きな決断を迫られている。

 インドやマレーシアのNTTデータの海外拠点には、2011年度から定期的に日本人の中堅技術者が派遣され始めた。外国人技術者に交じり、数カ月間にわたって英語や現地語を駆使しながら顧客のシステム開発に従事する。同社が新たに始めた「海外OJT研修」である。

 同研修で海外へ派遣された人員のうち、約9割がアジア・パシフィック地域のプロジェクトに投入されている。また同社は、新入社員のうち300人もの人員を2週間、中国のグループ会社で研修させる施策も2月に始めたばかりだ。

 日立製作所のIT人材育成も、急速なアジアシフトが進む。その一例が、同社の情報通信事業部門における若手社員向けの海外トレーニー制度。2012年度は派遣予定者のうち6割弱を、中国やインドなどアジア地域への派遣者が占めるようになる。わずか4年前の2008年度時点では、欧米拠点への派遣者数が全体の7割を占めていた。短期海外研修の派遣場所も2010年度以降、従来のインドに加え、フィリピンやベトナム、中国を順次追加した。

 ユーザー企業のIT部門も同様だ。日本向けだけでなく、「アジア最適」の業務システムを作れるIT人材の育成に力を入れ始めている。カシオ計算機や帝人のIT部門は、アジアなど新興国の拠点へのシステム導入のため、日本人IT担当者を現地へ派遣。海外プロジェクトを通じ、IT人材を実践の場で鍛え始めた。パナソニックのIT部門は、アジアを含む新興国の拠点に若手IT人材を2年間送り込み、現地での業務改革を担わせる異色のトレーニー制度を2009年度から開始した。

 これらの背景にあるのは、アジアに進出する日本企業が加速度的に増えていることだ。ITベンダーは顧客の海外展開をサポートするため、ユーザー企業のIT部門は自社のアジア展開をシステム面から支えるため、事業の主戦場であるアジア全域で活躍できるIT人材の育成に注力せざるを得なくなっている。

 経済産業省の「企業活動基本調査」では、製造業における海外子会社の保有比率が24.9%となり、調査を開始してから過去最高を記録した。同省の「海外事業活動基本調査」では、エリア別の現地法人の売上高で、2006年度時点からアジアがトップ。その後も北米と欧州エリアとの差を広げつつある。同調査では、製造業の海外生産比率も17.2%と、前年度比で上昇。生産と販売の両面で、アジアが日本企業の成長の柱となりつつある。

 この勢いは止まらない。国際協力銀行の企業向けアンケートでは、「今後3年程度をメドに事業展開する可能性が高い国」のトップ10に、アジアからは中国、インド、タイなど7つの国・地域がランクインする。2012年は環太平洋経済連携協定(TPP)の参加の是非をめぐる議論も活発化し、アジアへの注目度はさらに高まるはず。それに伴い、これまで以上に多くのITベンダーやユーザー企業のIT部門で、「アジア対応」が喫緊の課題となっていくだろう。

「場当たり的」なIT人材育成との決別

 問題は、こうした人材を育てるための近道がないことだ。あらゆる企業の人材育成担当者、海外に駐在しているIT担当者へ取材すると、「実際に海外の現場に放り込んで、業務を通じて鍛えるしかない」と口をそろえる。こうなると、戦略的に海外プロジェクトへ日本人IT人材を投入したり、海外拠点へ駐在させたりする中長期的な施策が欠かせない。

 日経コンピュータの特集「アジアで育てろ ~新市場を拓くIT人材強化策~」(2月16日号)では、ユーザー企業のIT部門とベンダーを対象に、アジアでのIT人材育成の状況を取材した。金融や電機、物流、小売りなどのユーザー企業12社、ベンダー4社を取り上げたが、いずれもアジアとグローバルを重視する変化が見られた。海外の現場にIT人材を送り込んで育てる点は従来と同じだが、「管理職層だけでなく、より若手のIT人材をアジアへ送り込む」「駐在もトレーニーも派遣期間を短くし、より多くの人材がアジア拠点での経験を積めるようにする」「駐在やトレーニーとして派遣できなくても、アジアや新興国など海外プロジェクトにあえて投入する」など、各社の海外におけるIT人材育成は変化していた。

 海外拠点に駐在している、あるユーザー企業のIT部門幹部は、「欧米企業に比べて、日本企業は海外での体系的なIT人材の育成が遅れた。場当たり的に人を派遣して、しのいできたのが現実だ」と反省していた。だからこそ同氏は、「遅れているからこそ早期に、戦略的で継続可能な育成方法を考えたい」と決意を述べた。これまでは日本企業特有の「現場力」で乗り切ってきたが、今後はそうもいかなくなる。

 2011年度、一部ITベンダーは業績悪化で再度の大規模リストラに追い込まれ、大手家電は相次いで巨額の赤字見通しを発表した。海外での人材育成は費用と時間がかかるが、これをコストと見ずに先行投資と捉えられるかどうかが重要。厳しい経営環境でも、反転攻勢に転じる時、あるいは転じるために、アジアでの事業展開を支えるIT人材育成を地道に続ける必要がある。