2011年11月下旬、タイの洪水で浸水した日系企業の工場の様子がテレビで連日映し出されるなか、周辺国の中国とベトナム、マレーシアの日系企業の工場を特集記事の取材で訪ねた。そこで別の試練を目の当たりにした。現地メーカーとの激しい競争である。

 中国・広州に工場を構えるスピーカー大手のフォスター電機では、過去にこんなことがあった。ある顧客にサンプル商品を持ち込んだ時のことだ。そのサンプルを顧客が中国の現地メーカーに持ち込み、「これと同じものをフォスターより安く作ってくれ」と依頼。現実にフォスター電機への注文は現地メーカーに流れたそうだ。

 結局、現地メーカーが生産する製品は不良品率が高く、注文は戻ってきたが、フォスター電機は仕事を奪われることへの危機感を強めた。社内で宮田幸雄社長が「競争相手は中国の現地メーカー」と公言しているほどだ。

 タイの洪水や円高に加え、アジア勢の追い上げなどグローバルで激化する競争を勝ち抜く鍵の1つが、特集のテーマである「技能伝承」である。最大の強さである「日本製の質の高さ」をどう受け継いでいくか。こうした認識は国内外の拠点を問わず、どの企業も持ち合わせている。特に海外での100%生産体制をほぼ確立しているフォスター電機などは、なおさらこうした意識を強く持っている。

 特集では先述したフォスター電機や村田製作所など海外、特にアジアでの技能伝承の取り組みや、富士電機や川崎重工業など国内の事例を数多く紹介している。

 技能伝承と言えば、どうしても施設や仕組み、手法に目がいきがちだが、仕組みはあくまで手段に過ぎない。重要なのは「心」の伝承だと、取材した各社の幹部は語っている。

 小型モーター専業のマブチモーターのベトナム法人を率いる北橋昭彦社長は「心を共有できないと人材は動かない」と話す。マブチモーターは1980年代半ばに海外での全量生産を達成し、今は中国からベトナムへの生産シフトを進めている。心を共有するためにベトナム法人では、課長級以上が会社や部門などの目標を「夢看板」という形で、工場内のあちこちに掲げている(写真1)。

写真1●マブチモーターのベトナム法人、ベトナムマブチの食堂前などに掲げられた「夢看板」
写真1●マブチモーターのベトナム法人、ベトナムマブチの食堂前などに掲げられた「夢看板」