関西のイントネーションが時折交じる穏やかな口調とにこやかな笑顔。良い意味で、ピリピリとする緊張を感じることなく取材できる相手だった。しかし状況ごとに具体的な数値を示しながら、よどみなくチームの戦術を語る姿には、取材中から感銘を受けた。

 その相手とは、眞鍋政義全日本女子バレーボールチーム監督である。2012年の「ロンドン五輪」の出場権を懸けた大会「FIVBワールドカップバレーボール2011」が、11月4日から国内各地で開かれる。この重要な大会に備え、味の素ナショナルトレーニングセンター(東京都北区)で選手たちと合宿中の10月1日に訪ねた。

 なぜ眞鍋監督を取材したのかといえば、逆境を勝ち抜く知恵の持ち主と考えたからだ。近年、企業の経営環境は逆境続きである。2008年秋のリーマン・ショック以降、東日本大震災に超円高、欧州経済危機と切りが無い状態だ。こうした状況から、毎年利益を伸ばすような企業は少なくなってしまっている。

 実はバレーボール界でも日本は“逆境”にある。世界的に選手の大型化が進んでおり、日本チームは高さやパワーでどうしても見劣りするからだ。事実、スパイク決定率やブロック本数といった、高さとパワーがものをいう分野では、世界の強豪国の中で日本チームは下位に沈んでいる。そのような状況にもかかわらず、2010年の世界選手権で見事に3位に入った。32年ぶりの快挙を成し遂げた眞鍋監督の施策を聞けば、逆境に立ち向かい、勝ち抜くためのヒントを見いだせると考えた。

 取材を通じて分かったのは、IT(情報技術)を駆使して収集した様々な情報を、眞鍋監督が様々な角度から精密に分析していることだ。スパイク決定率などの一般的な数値はもちろん、例えば1セット当たりに許されるサーブレシーブのミス本数、サーブレシーブをセッターに返した位置別のスパイク決定率などを分析している。これらの数値を調べ上げたうえで、選手たちに改善すべきポイントと数値目標を設定し、練習にも反映させている。企業であればさしずめ、BI(ビジネスインテリジェンス)とKPI(重要業績評価指標)の有効活用事例だ。

データを基にトスの位置を変更

 情報を活用してチーム力の底上げにつなげた一例は、攻撃で重要な役割を果たすウイングスパイカーの迫田さおり選手へのトスである。一般的には、ネットに比較的近い位置にボールが上がった方が効果的なスパイクを打ちやすい。ところが迫田選手の場合は例外だ。迫田選手がたとえ前衛にいてもあえて後方に、つまりアタックラインに近い位置にボールを上げるようにチーム内の戦術を徹底させた。ネットに近い位置よりも有効打が多いことがデータに表れているからだ。

 2010年の世界選手権では、米アップルのタブレット端末「iPad」を片手に携えて指示を出す眞鍋監督の姿から、日本チームの戦い方は「IDバレー」とも呼ばれた。実際のIDバレーは単にiPadを活用しているというレベルにとどまらず、もっと深い情報を分析してチームを強化しているわけだ。

 眞鍋監督への取材を終えた後、改めて企業の現場に視点を戻した。すると、逆境のなかでも連続増益を上げている強い企業は、眞鍋監督と同様に情報を活用しながら現場の改革・改善を推進していることに気づいた。

 そこで10月29日発売の日経情報ストラテジー12月号では「情報を活かして逆境を勝ち抜く企業の現場力」と題した特集を組み、眞鍋監督へのインタビューや逆境に強い企業8社の現場を紹介している。同特集にはさらに、将棋界の第一人者、羽生善治2冠から9月27日に王座のタイトルを奪ったばかりの渡辺明竜王にも登場してもらっている。ぜひともご覧いただきたい。