突然ではあるが、医者が殴り書きした診断書を判読する仕事に従事していると想像してみてもらいたい。漢字にカタカナ、英語にドイツ語、さらに数々の専門用語が入り交じる。一般に診断書の手書き文字は「ミミズ文字」と呼ばれるそうで、医療についての知識がある人でも読むのが難しいという。

 さて、読めない文字はどれぐらいあるだろうか。診断書1枚に1文字ぐらいか、あるいは1時間の作業につき1文字程度か。慣れてくれば1日に数文字ほどまで減らせるか。

 この作業を、「読めない文字は4カ月に1文字程度」という精度でこなす26人の“達人”たちがいる。26人は、1カ月に1万7000枚の診断書を読む。そのうち、読めない文字は7文字以下だ。これは26人の合計であり、1人当たりで見ると読めない字は4カ月に1字程度という計算になる。

 実は26人は全員が中国人だ。大連市のBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)拠点で働く人たちである。平均年齢は20代前半、ほとんどが女性だ。日本語のレベルは読み書きができる程度にすぎない。にもかかわらず、訓練を重ねることでミミズ文字を判読できるようになったという。

日本企業の競争力を支える三つの強み

 26人をはじめとする大連のBPO従事者たちは、三つの点で日本企業の競争力強化に貢献している。業務コストの削減、業務品質の向上、業務スピードの強化だ。

 コストについては、なんといっても人件費の低さが日本企業にとってメリットとなる。大連の人件費は日本の10分の1程度。BPO従事者の月給はおよそ2000元(約2万4000円)が相場という。人材も豊富で、大連には日本語を理解できる人材が30万人以上いると言われる。

 「飛行機で1時間という距離の近さもあって、大連には日本向けBPO事業の実績が豊富な企業が多い」。大手証券会社の幹部は話す。大連の企業に間接業務などを委託することによって、日本企業の業務コストは3割は下がると言われる。

 業務の品質については、冒頭に述べた事例が示すとおりだ。この例は、太陽生命保険におけるBPOのケースである。太陽生命は、手書きの診断書を読み取り、PCに文字データとして入力する業務を、大連のBPOベンダーであるインフォデリバに委託している。

 太陽生命の細川敏男執行役員お客様サービス本部長は、同社向けBPO業務に従事するインフォデリバの26人の達人たちについて、「作業の精度は日本人以上だ」と言い切る。「訓練を辛抱強く重ねて業務品質を高める気質は尊敬に値する。人材が多いだけに、優秀でやる気のある人を集めやすい」とも強調する。

 別の日本企業の責任者は、「大連へのBPOによって、業務スピードを向上できた」と明かす。この企業は、手書きのFAXの内容を文字データとしてPCに入力する作業を任せている。日本でこなしていたときは1枚当たり15分ほどかかっていたが、BPOによって6分まで短縮したという。

先進企業の実例に学ぼう

 いま、大連における“BPOの達人”を自社のビジネスプロセスに組み込み、競争力を強化する日本企業が急増している。ソフトバンクグループは携帯電話の開通手続きなどを大連に移管し、コスト削減や業務スピードの向上を果たした。ミサワホームはCAD設計業務の7割を大連に移管し、大幅な費用削減を実現した。

 大連のBPOの達人の威力と、日本企業におけるBPO活用の実例について、多くの方々に知ってもらいたいと考え、日経コンピュータは11月1日に「企業競争力を高める海外BPO最前線」と題するセミナーを開く。間接業務の外部委託による企業競争力のさらなる強化について考える機会として、ぜひご活用いただければ幸いである。