iPadやAndroidタブレット端末でフル機能のOfficeが使えるようになる日は、いつ来るのか。もちろんマイクロソフト次第だが、そんなに先の話ではないかもしれない。クラウド時代になったことで、逆にクライアント側の重要性が再び高まっている昨今、皮肉なことにPCの重要性が急速に低下しているからだ。

 クライアントとサーバーのどちらが、より重要か。これは、コンピュータ発展の歴史の中で常に大きなテーマとなった。1990年代半ばまでのクライアント/サーバー・システム全盛の時代には、より重要なのはユーザーインタフェースを掌るPC、つまりクライアントサイドだった。インターネットの時代になって、振り子は少しサーバーサイドに振れたが、それでもPCの重要性はそれほど低下しなかった。

 クラウドが普及し始めると、その力関係は大きく動いた。クラウド、つまりサーバーサイドに多くの情報やアプリケーションが集約され、クライアントとしてのPCの重要性は急激に低下した。結果として、PCという“オーバースペックな端末”は要らないという人が増え、スマートフォンやタブレット端末といった、クラウド活用に特化した“簡易な端末”が登場した。

 しかし、スマホやタブレットが爆発的に普及したことで、振り子は再びクライアントサイドに振れ始めた。複数のクラウドの情報をクライアント側で連携させるアプリケーションが多数開発されたからだ。企業向けアプリといえども、社内システムで管理している情報だけでなく、クラウド上に無数に存在する情報をいかに複合的に活用できるようにするかが重要になった。

 つまりクラウドを使いこなすために、クライアントサイドの重要性が再び高まったわけだ。今後、スマホやタブレットの高性能化はどんどん進み、様々なクラウドを活用する高機能なアプリも数多く登場するはずだ。“簡易な端末”であったスマホやタブレットはあっという間に、性能面や機能面でPCを追い越すだろう。

 クライアントサイドの重要性が高まるのだから、PCの価値も再び高まりそうだが、実際にはそうはならない。情報をつくるのではなく情報を活用することがメインの人、つまり消費者や企業経営層らは、スマホやタブレットで十分だからだ。あとは、情報をつくる少数の人のために表計算やプレゼン、ワープロなどのソフト、そしてPCライクな入力デバイスがタブレットに用意されればよいという話になる。

 もちろんPCも無くなりはしない。大量のデータを入力する端末などの用途では、PCの優位性は変わらないだろう。ただ、PCのビジネスモデルが難しくなる。PCはコモディティー(汎用品)の代表格で、そのビジネスは大量生産が前提だ。一部の用途、一部の人にしかPCが要らなくなれば、従来のビジネスモデルは瓦解する。

 さて、マイクロソフトとPCメーカーはどうするのか。マイクロソフトはWindows 8とWindows Phone 8で勝負なのだろうけど、スマホ型のユーザーインタフェースも持つWindows 8を載せたところで、従来型のPC市場のシュリンクは避けられまい。スマホやタブレットでは出遅れたから、アップルとグーグル相手に大きなシェアを取るのはかなり大変だ。

 そうなると、マイクロソフトはクラウドサービスで成功しつつあるのだから、iPadやAndroidタブレット向けにOfficeを提供することは有力な選択肢になる。Officeを他社のプラットフォーム向けに提供するのは、何もおかしな話ではない。既にMac版のOfficeは1997年から提供している。97年当時と比べ、マイクロソフトとアップルの力関係は随分変わったが、両社の“戦略提携”があっても不思議ではない。

 一方、PCメーカーはかなり厳しい。だが待てよ。コモディティーモデルのビジネスが苦しくなっても、高機能製品や特定分野への特化型製品のビジネスは依然としてありかもしれない。そうすると、米国や中国、台湾のメーカーが疲弊する中、日本のメーカーだけが生き残ったりして。